第85話 雨降って地固まる

 

 俺はへたりこんでいるミーナの手を握り、引っ張り起こす。ミーナは悔しそうな表情だ。


「あー、ミーナ? すまなかった。正直ミーナの魔法や体術を侮っていた。想像の何倍も動けてビックリしたよ」


 俺は頭を下げながら、戦力にならないと言ったことを謝る。気休めでもなんでもなく素直な感想だ。特に体術──魔法の教師なのだから魔法はある程度使えるにしても、まさかあのミーナがここまで体術を使えるようになっていたとは驚きだ。


「……でも全然相手にならなかった」


「……まぁ、一応戦闘のプロとして働いていたからな。そう簡単には負けてやれないって」


 俺は肩をすくめて苦笑する。


「そう、だね……。はぁ、けど負けちゃったか……。フフ、おかしいな。負けるのは分かってたのに。あれ?」


「え? おい、えぇ!? えぇ…………」


 ミーナは表情を変えずにポロポロと大粒の涙を流し始めてしまう。俺は右往左往し、戸惑う。周りに助けを求めるも──。


「あーあ、おっさんが泣―かしたー」


「センセイ女泣かせ」


「せんせー? 女性をいじめるのはよくないことです」


「キュー!!」


 集まってきた生徒たちに非難されるばかりだ。キューちゃんにいたっては翼でペチペチと──ではなくバチンバチンと快音を響かせるように叩かれてしまう。


「ううん、みんなゴメン。別にイジめられたわけじゃないから。あれ、ほんとおかしいな」


 そんな状況をどうにかしようとミーナが口を開くが逆効果だ。とめどなく溢れる涙に生徒たちの目つきは厳しさを増す。どうやらアゼルとエメリアは一切関わる気がないようで遠巻きに様子を窺っているだけだ。困り果てた俺は目を閉じ、年の功に頼ることとした。


(……カルナヴァレルー。おーい、カルナヴァレル)


『なんだ、やかましいな。また下らないこ──』


 不機嫌そうな声だが、カルナヴァレルは呼びかけに応えてくれた。俺は前置きなど端折り、用件を手短に伝える。


(事態は急を要する。質問だ。例えばフローネさんが目の前で泣いていたらどうする?)


『……は? いきなりなんだ。フローネが泣かされてたら? とりあえず泣かせたヤツをぶっ殺すな』


(じゃあ、原因はカルナヴァレルにあったとしたら?)


『? 我はフローネを泣かすような真似はせん。もしあるとすれば嬉し涙だろう。なんだ? 貴様を心配してたあの女でも泣かせたのか?』


 こういうのにニブいと思っていたカルナヴァレルだが、案外鋭い。ここで誤魔化してもしょうがない。薄目を開ければ生徒たちがミーナを囲んで慰めているところだ。


(……そうだ。その、次に向かう旅先にミーナが着いていくと言ってきたんだが、危険だから待ってろ、と。そしたら実力を証明したいと決闘を挑まれた。負けるのが正解だったのか?)


『アホか。そんなもの貴様が守ってやるからついてこいと言えば済んだ話であろう』


(いや、だから勝手が分からない土地だし、危険な相手なんだよ)


『ハァ……仕方ないな。少し待ってろ』


(……?)


 会話はそこで途切れてしまった。何やら視線を感じて目を開ける。生徒たちが俺のことをジト目で睨んでいるようだ。ミーナはどうやら涙がおさまったらしく、困ったように苦笑している。だが、俺はなんと言っていいか分からない。そして途方に暮れ掛かったとき──空間にピシリと亀裂が走り、ヒビ割れる。


「我参上。おい、ジェイド。歯を食いしばれ」


「は?」


 そこから現れたのは白髪の大男カルナヴァレル。そして突如現れた大男は開口一番不穏な発言をする。このあと予想通り俺の返事など待たずその凶腕が振るわれることとなる。


「……痛いんだが?」


「それはそうだ。痛くしたんだからな。さて、感謝しろ。情けない貴様に気合を入れにきてやったぞ。あとジェイド。次の旅には我もついていってやる。貴様らまとめて面倒みてやろう。これでこの女も連れていけるな。これでいいか」


「は? はぁぁぁ? いや、え、カルナヴァレル? 一体どう──」


「おー、エル元気にしていたか? 我は寂しかったぞ? エルはどうだ? 寂しかったか?」


「キュー!」


「なにっ、ミコと寝たから寂しくなかった、だと……? ぐぬぬぬ」


「あ、パパさんこんにちは。聞いて下さいっ、キューちゃんが──」


「キュー!!」


「え? 驚かせたいから秘密にしてって?」


「なんだなんだ。エル? 我に秘密とは何事か? 教えてくれ」


 だが、どういうつもりか聞く前に、既にカルナヴァレルはキューちゃんのもとで和気藹々と親子の会話を楽しんでしまっていた。


「クク、ジェイドよかったな。私は王国創立祭の間はオルガ家の当主としての仕事があるから同行できない。そのことがとても心苦しかったのだが、これで安心だ」


「フフ、ジェイド? 僕も護衛としてついていってやりたい気持ちは山々だったんだが、当然その期間は王都の守護をしなければならない。だが、これで一安心だ」


 唖然とする俺の両肩を叩くのは、学生時代からの腐れ縁二人。とてもいい笑顔だ。


(カルナヴァレルと魔帝国へ? いや確かに護衛としては、この上ない戦力、か……? 何せ次元を行き来できる存在だし、俺とアゼルを子ども扱いするほどだもんな……。でも、なんかすごくトラブルを起こしそうな……)


 一抹の不安を覚える。だが、ミーナを連れていくのであれば手を借りるほかあるまい。先ほどから口をつぐみ、審判を待つかのようなミーナを見て、そう決心する。


「あー、ミーナ。というわけでカルナヴァレルがついてきてくれるってさ。……だから、その、一緒にいくか?」


 俺は今更、同行を誘うのも気まずくて、視線を横へ逃がしながらしどろもどろにミーナにそう尋ねる。


「うんっ」


 だがミーナの気持ちはまったくブレていないようで、見惚れてしまうような真っ直ぐな笑顔でハッキリと返事を返してくるのであった。

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