第84話 勝者
◇
観客席では僕と生徒三人達が並んで観戦をしている。面白いことに──。
「ミ、ミーナ先生すげぇ……」
「……ちょっとこれは予想外」
「あはは……、本当にせんせーを倒しちゃいそうな勢いだね」
生徒たち三人はミーナ先生の奮闘振りに目を丸くして驚いているようだ。先のカルナヴァレル戦でジェイドの強さを見たからミーナ先生との戦いなど余裕だと思っていたのだろう。しかし──。
(実際はかなり余裕なんだけどね。ミーナ先生は確かに素人の中ではかなりデキる方だ。だが、所詮は素人だ。戦闘のプロとして宮廷警護をやっていたジェイドと比べるのは可哀想だろう)
ある程度戦闘訓練を受けていたものならば観戦して気付くだろうが、ジェイドはミーナの実力を計るために開始から今までずっと拮抗する程度に手を抜いて相手をしている。
しかし、観戦している生徒たちは気付いていないようだが、ミーナ先生自身はその差を分かっているようだ。
(フフ、ジェイドよかったね。そこまで信頼してもらえて)
実力差に気付いているからこそ、ミーナ先生は
「アハハ、ジェイドは少し苦戦しているね。みんな応援してあげたらどうだい?」
だが、もちろん生徒たちにそんなつまらないネタばらしなどしない。むしろ底意地悪く、試合を盛り上げるためにも生徒たちを担ぐ。
三人は僕の言葉に一瞬きょとんとし、顔を見合わせる。すると──。
「せんせー! 頑張れ!」
「センセイ? センセイが死んだら私退学になっちゃうよー?」
「ミーナ先生! やっちまえ!」
三者三様で応援をはじめるのであった。
(フフ、少しだけジェイドやダーヴィッツ先生の気持ちが分かるな……)
子供の素直さに少しだけ頬が緩んでしまうのであった。さて、リンク上では──。
◇
「ぬぁっ。あぶねっ」
「はぁぁぁっ!!」
ナイフを丁寧に捌いていると、
「ぐるばふっ……」
一度クリーンヒットを食らってみる。生徒たちから小さな悲鳴と歓声が聞こえる。歓声はレオだろう。
わざと派手に吹き飛ばされ、転がった先で俺は一度ダウンを取られる形となった。
「おい、ジェイド、一。お前良いようにやられて、二。恥ずかしくないのか? 三。それで本当に宮廷魔法師が、四。勤まったのか? 五」
すぐさま近寄ってきたエメリアは器用にカウントダウンを取りながら煽ってくる。主審というのは、中立で私情を挟まないものと理解していたが、そんなことはなかったようだ。
(にしても、やっぱり軽いな)
あえて、渾身の中段回し蹴りを食らってみたものの衝撃は軽く、内臓まで響くようなものではない。これでは武道をまったく習っていない成人男性は倒せても、武をかじった屈強な男性相手であれば効かないだろう。まして戦闘のプロであれば……。
「六、七、八、九──」
「わぁぁぁぁー!! やれます! やれます!」
考え事をしていたため、エメリアを無視していたら急にカウントが早くなる。ダメージは皆無のため素早く立ち上がり、ファイティングポーズだ。
「……チッ」
主審に睨まれながら舌打ちをされる。どうやら今回の試合はアウェイのようだ。そしてミーナはと言えば一切ふざける気などなく、真剣に俺を睨みつけ、ナイフを強く握り締めている。
(まだやる気満々か……。さて、どうしたもんかねぇ。大体ミーナの実力は分かった。なら、少しだけミーナに足りないものを分からせてやる必要がある、か)
俺は気持ちを切り替え、目の前のミーナを敵と想定し、殺気を放つ。
「──っ」
ミーナの全身が緊張した。俺はそれと逆にゆらりと体を弛緩させ、緩急をつけながら不規則な歩法『影縫い』で近づいていく。その独特のリズム、揺れは相手の初動──つまり『起こり』を崩す。達人級であれば動くことも可能だが、ミーナのレベルでは足が縫い付けられたように動けなくなってしまうだろう。
「ミーナ? 転ぶなよ?」
「え?」
自分でもなぜ動けなかったか分からないのだろう。あっという間に混乱するミーナを間合いに収める。そして言葉を発し、視線を合わせる。右手をゆっくり伸ばした。その
「キャッ」
「
ミーナがしりもちをつきそうになり、手を伸ばした瞬間、地面の支えを失くす。体がそのまま半分ほどリンクの中へ埋もれる。
そして身動きがとれなくなったミーナの首元へ落ちていたナイフを押し当てる。
「ほい、おしまい。な? ミーナ? 分かるだろ? 実際の戦闘は真正面から力を比べあうものじゃない。いかに相手を出し抜き、殺すか、だ」
チラリとエメリアを見る。両肩をすくめ、やれやれと言った表情だ。
「勝者──ジェイド」
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