第83話 的確に、何度も、執拗に

「さて、ここが訓練場だ」


 そして帰り支度を済ませ、宿屋を後にして向かった先は王立魔法研究所。その中にある訓練場だ。屋内にしてはかなり広く、天井も高い。中央には四角形のリンクが設置されており、すり鉢状に観客席までついている。まぁ観戦用の試合ではないため客など誰もいないが。


「武器を使うならそこから好きなものを使え」


 エメリアの指さした方を見る。木製の模造武器が棚に置かれていた。かなりの種類だ。


(確かにミーナがどんな武器や戦闘スタイルかも知らないな。これは良い機会かも?)


 俺は模造武器を手に取りながら、そんなことを考える。俺が選んだ武器は杖だ。黒杖と似たようなサイズ。一メートル半ほどのものを選ぶ。


(ミーナは……?)


 チラリと見る。その手に取っていたのは大型のナイフ。小剣というには小さいし、ナイフにしては大振りなそれを二度、三度振って確かめている。


(ナイフか……。取り回しがよく、非力な女性でも扱いやすい。ミーナは恐らく魔法が主体だからロングレンジは魔法、クロスレンジはナイフという戦闘方法か。となると、俺はやりやすいな)


 杖はミドルレンジだ。ナイフのリーチの外から一方的に攻撃できる。常にミドルレンジを維持していればいいだけの話だ。


(だが、全力で勝ちにいくのもなぁ……)


 そう、この試合に対する心構えがミーナとは全然違うのだ。俺には戦う理由がない。まぁ危険から遠ざけるために勝って魔帝国行きを諦めてもらうという目的はあるが、かと言って全力で一方的に勝負を決めにいくのも違うと思う。実に困った展開である。


 そんなことを悩んでいると、ミーナはさっさと武器を決めて、リンクへと歩いていってしまう。堂々とした歩き姿だ。迷いがない。一方、俺は──。


(はぁ……。どうしよう)


 肩を落とし、しょぼくれながらリンクへと向かうのであった。




「では、ルールを確認する。武器は事前に用意した模造武器のみ、魔法の制限はなし。ダウンしている相手への追撃はなし。ダウンカウント十か、リングアウトで負けとする。尚、主審である私は勝敗を決める権限を持つ。質問や異議は?」


「ないよ」


「ありません」


「よろしい。二人とも開始線まで下がれ」


 俺とミーナは言われた通り、お互いの開始線まで下がる。リンクは一辺が五十メートルほどだろう。そして、俺とミーナの距離は二十五メートルほど。シンと静まり返る場内。エメリアが手を上げた。


「──よし。では、正々堂々と好きなだけイチャつけ。……始めっ!」


 そして遂に戦いの幕が切って落とされた。


そよ風の微笑みアジテ・ハーツ・エクス


 ミーナは三音節魔法の『そよ風の微笑』を使った。これは、敏捷性と心肺能力を高める身体強化魔法だ。戦闘スタイルはヒットアンドアウェイ。もしくは、ロングレンジを維持しての魔法主攻型だろう。


(ひとまず、ミーナの戦法に合わせてみますか)


 俺はミーナの回避性能がどれほどのものか試すために魔言を連ねる。


下手な火の玉フレア・ツヴァイ数うちゃ当たる・デルトス・ノイン


 火属性四音節魔法だ。効果はなんてことはない。単純に火の玉を放つというもの。ただし、その数は二百九発。


「フハハハハ、ミーナ避けれるものなら避けてみよっ!!」


「…………」


 気分は原始の魔王だ。俺の右手からは火の玉が絶えず放たれる。対するミーナは無言で避け続ける。単純な直線での軌道。速度や形状に変化を加えていない火の玉はどうやら当たりそうにない。


研ぎ澄まされた風刃ウィンド・プレス・ブレイズ


「む!」


 そして火の玉を避けながら反撃に出てきた。三音節の風魔法だ。視認できない風の刃が迫り来る。数も大きさも分からないため、避けるのは困難。ならば──。


土壁アース・ウォール


 右手の魔法陣をキャンセルし、再度魔法陣を描く。厚さ一メートルほどの土の壁が一瞬で構築される。直後、猛烈な衝突音。土壁は原型は留めているものの、大きく抉られ、破片が四方に飛び散る。辺りには土煙がもうもうと立ち込める。


(……これ、当たってたら死んでないか?)


 ミーナの言う通り、どうやら俺は少しばかり侮っていたようだ。三音節の上級魔法をこれだけ使いこなせれば魔法師として一流だ。


(だが、魔法だけでは自分の身を守れないぞ?)


 俺は近接戦闘能力を見定めるべく、接近しようと土壁からミーナがいたであろう方を覗く。だが──。


(いない……? どこだ?)


 土煙は晴れ、遮蔽物のないリング上だ。隠れようもない。


「シッ!」


「!?」


 殺気を感じ、前転する。先ほどで頭があった位置を大降りのナイフが凪ぐ。ドッドッドと心音が早まる。体勢を整えなければマズイ──。


絡みつく風ウィンド・ラウンド


「くっ」


 まるで質量を持ったかのような大量の風の塊が俺の体を揺らす。体がふわりと浮き、体勢を整えることができない。


「……つぁ!!」


「くっ!!」


 そしてどこに隠し持っていたのか、左右の手から投擲用の模造ナイフが放たれる。わずか二メートルからの投げナイフ。常人であれば死ぬだろう。しかし俺はそれを杖で叩き落す。受けの極意──『円舞』。


 しかしミーナはナイフを放った後も油断せずに距離を詰めていた。避けにくく急所となりやすい体幹正中線を的確に、何度も、執拗に、突いてくる。

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