第82話 センセイのため
「おかげさまでな。あと食いづらいから、のけ」
「おや、すまない。フフ、聞いたぞ? お前ミーナと決闘するみたいじゃないか。立会人を頼まれた時は驚いたぞ。そのとき私はなんて言ったと思う?」
俺の頭の上から離れながらエメリアは悪びれる様子もなく、そんなことを聞いてくる。決闘という言葉にアゼルと生徒たちは驚いているようだ。俺はブスッとしたまま、仕方なしに答える。
「知ら──」
「おぉ、なぜ、仲の良い幼馴染である二人が決闘などバカげたことをするのかねっ! 気は確かか! 考え直すつもりはないのか! そう言ったんだ」
「…………」
俺の回答など最初から聞く気はなかったようだ。両手を広げ、非常に楽しげに茶番劇を始める。少しだけ殴りたくなった。
「せんせー? ほんと?」
「ミコ聞いちゃダメ。きっとセンセイとミーナ先生のあいだには私たちには考えも及ばない大人の情事──あっ、間違えた事情があるはず」
「オトナのジョウジ? なにそれ──」
「コホン。本当です。私はジェイド先生に決闘を申し込みました。理由は私の実力をその身で計ってもらうためです。まぁそれだけではないんですけどね」
ミコとアマネの際どい会話をミーナがピシャリと遮る。そして、改めて自分の口から俺と決闘をすると宣言した。どうやら冗談ではないらしい。困ったものだ。
「と、言うわけで非常に強い意思と、止むにやまれぬ理由を悟ったため、私は頷くほかなかった。そして立会人の了承と研究所にある訓練場の提供をすることとなった」
何が頷くほかなかった、だ。元凶はお前だろう。そう言いたかったが、そうなると話がこじれるだけなのは分かっているため、黙ってこれを認めるしかない。俺は小さくかぶりを振り、溜め息を零した。
そんな俺の肩を叩くのはクールが売りの騎士団団長サマ。
「ご愁傷様」
「……うるさい」
「フフ、怖い怖い。さぁ体力つけるためにも、ほら、僕のウィンナーあげるよ」
「……バイキングじゃねぇか」
そっと箸でウィンナーを皿に置いていく。バイキングなのだから別にいくらでも取れる。なのに──。
「え、じゃあミコもせんせーに! はい」
「キュー!!」
ミコからはオムレツが。キューちゃんからはパンが。
「……ありがとう」
二人からは悪意が感じられなかったため、お礼を言う。ついでにキューちゃんの頭はそっと撫でておく。
「センセイ、私も──」
「ナットウはいらないぞ? その臭くてネバネバしたやつはいらないからな?」
「……そんな、私右に百五十回、左に百回、最後にまた右に五十回まわしたんだよ? センセイのために」
先ほどのアゼルのやり取りの辺りで目を輝かせたアマネが一目散にナットウを取りにいき、グルグルと混ぜ始めたのを俺は見ていた。これは悪意だ。いや、ナットウは確かに美味しいし、栄養があるのは分かる。だが、俺は苦手なのだ。
「ほぅ。ジェイド? お前は生徒が折角、お前のためを思って熱心にかき混ぜたナットウを拒否するというのか」
「いや、まぁ苦手だしな……」
「でも、せんせー? アマネちゃんはせいせーがナットウ苦手なの知らなかったんじゃ……」
「うっ。……まぁ、確かに?」
エメリアはからかっているだけだろう。しかし、ミコの言葉でハッとなる。確かにナットウが苦手だということは知らなかったはず。もしかしたらこれは善意かも知れない。チラリとアマネの表情を覗く。
「…………カラシ、と、卵黄、と、ネギ、と、あとカラシ、と」
全然堪えている感じはないし、むしろかなり自由な感じでトッピングを投入していた。というかカラシを二回入れたぞ。これは放っておけば、食べ物でなくなる危険性すらある。今はまだ常識的な食べ物の範疇だ。ならば──。
「分かった。すまない、アマネ。先生が間違っていた。アマネが折角持ってきてくれたナットウをもらってもいいか?」
「もう少し待──」
「いや、今すぐ食べたいんだ」
しばし見つめ合う。諦めたのはアマネであった。
「…………しょうがない」
「ありがとう」
しぶしぶといった様子でナットウを差し出してくる。臭いは強烈だ。極力鼻で息をしないよう気をつけて、一気にかきこむ。
「……であはっ!!」
が、やはりと言うかカラシの量がえぐい。鼻にツーンと抜ける。一気に水をあおってなんとか飲みこむ。
「はぁ……、はぁ……」
「アマネちゃん、カラシ好きだもんね……」
それを見て、苦笑するのはミコ。どうやらアマネは何も意地悪でやったわけではなく、普段からカラシを大量投入するタイプらしかった。
「センセイ……美味しい?」
いじらしく上目遣いでそんなことを聞いてくる。確信犯だろう。だが、ここでギャーギャー言うのもカッコ悪いので、むしろ──。
「……あぁ、美味い──ぞであはっ!!」
笑顔で美味いと言ってやる。だが、むせこみ、涙目でそう答える俺はやはりカッコ悪かっただろう。
「…………」
「くふぅ……、くふぅ……、あ、ありがとう」
ミーナが無言で水を持ってきてくれた。これがなければ危なかっただろう。助かる。
こうして俺は朝から涙目になって食事を済ませるのであった。
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