第81話 申し込みます
「分かった……」
下を俯き、小さくそう搾り出すミーナ。申し訳ないが、ミーナのためだ。分かってくれて助かる。俺は申し訳なさ半分、ホッとした気持ち半分でそんなミーナに声を掛ける。
「ミーナごめんな? それとこんな俺を心配してついてきてくれると言ってくれて、あり──」
「でも、ジェイドは私が戦えるかどうかを知らないよね? だから直接、私が足手まといかどうか判断して。ジェイド、私はあなたに決闘を申し込みます」
「が………………はぁ?」
恐らくこのときの俺の顔はひどく間抜けだっただろう。今日のミーナはまったくもって理解できない。決闘? 俺が? ミーナと?
「明日午前十時。立会い人は悪質なイタズラをしたエメリア様に頼みます。じゃあお休み」
言いたいことを言うと、ミーナはくるりと振り返り、スタスタとベッドの方へ歩いていってしまう。そしてイソイソと潜り込むとおでこまで布団を被ってしまう。
「え、あぁ、お休み……。え、てか俺の部屋はどこなんだろう」
「知らない。ベッド広いんだから、そっちの端っこで寝ればいいんじゃない? 灯り消して」
少しだけ顔を出し、ベッドの反対側を指さす。そして、そう言い終えるとまた布団を被ってしまう。
「あ、はい……」
もう何が何だか分からない。ノロノロと言われた通りにする。つまり明かりを消し、とても広いベッドの端で仰向けになる、だ。暗くなった部屋の天井を薄ぼんやり眺めて、状況を整理する。
(いや、おかしいだろ色々と)
決闘もおかしければ、ここで寝るのもおかしい。首だけ横を向け、様子を窺おうにも後ろ髪しか見えない。それに俺の勘違いかも知れないが、その背中からは話しかけるなというオーラが漂っている気がする。
(……もういっか)
俺は今日一日、色々と疲れることが多かったためか、思考もぼんやりしてきて、考えることに疲れてしまう。そして遂には意識を手放し、眠りに落ちてしまうのであった。
ジリリリリ。
「ふへっ?」
けたたましい目覚ましの音で起こされる。ご丁寧に頭のすぐそばに置いてあったため、手を伸ばしてそれを止め、時間を見る。朝七時。朝食が確か七時半からと言っていたから丁度良い時間だ。
(あれ? けど俺目覚ましなんて掛けたっけ?)
まだ少しだけ寝ぼけている頭で、持ち上げた時計を見る。しばらく時計を見つめているとなんだか既視感を覚え──。
(あ、ミーナんちのか。って、ミーナ!)
俺はベッドの端を見る。もぬけの殻だ。辺りをキョロキョロ見渡す。ミーナがこの部屋にいたという痕跡は何も見つからなかった。不思議なことに少しだけ喪失感を感じる。
(寂しいて……。ったく、いい大人なのに……)
俺は自分自身に呆れながら、朝の支度をしようと立ち上がる。シャワーでも浴びれば、気分も変わるだろうと思い、浴室へと歩いていく。そして脱衣所の扉に手を掛けたとき、頭に電流のようなものが走る。
「はっ!?」
危ない。昨日のミスを思い出した。もしかしたらミーナが朝、シャワーを浴びている可能性がある。当然脱衣所で着替えているパターンも想定できるだろう。そこに俺がふらーっと入っていってみろ。決闘の前に殺されかねない。
「ミーナさん、いらっしゃいますかー?」
ノックをして、反応を窺う。人の気配は感じない。
「失礼しまーす……」
薄く扉を開け、恐る恐る中を覗く。誰もいない。
「ホッ……。えぇと、脱衣カゴには……」
決してミーナの下着を確認しようとしてのことじゃない。浴室にいるかどうかの前確認だ。ちなみに脱衣カゴは空であった。
「ミーナさん、いらっしゃいますかー?」
だが、念には念をいれ、浴室の扉越しにも声を掛けてみる。返事はない。
「失礼しまーす……」
先ほどとまったく同じように薄く扉を開け、恐る恐る中を覗く。誰もいない。
「はぁ……。なんで朝からこんな緊張感を味合わなきゃならんのだ……」
ようやく肩の力を抜くことができた。朝からドッと疲れてしまう。よくよく考えれば、目覚ましをセットしたのはミーナだ。そのタイミングで風呂に入るわけがない。俺はモヤモヤした気持ちを洗い流すようにシャワーを浴び、心と体がスッキリしたところで食堂へと向かうのであった。
食堂へ着くと既に全員が集まって座っており、朝食を食べはじめているようだった。どうやら俺が最後だったらしい。バイキング形式だったため、適当に見繕い、空いてる席──ミーナとミコのあいだに腰掛ける。
「おはよう」
「おはようございます」
ひとまずミーナに挨拶をしてみる。別に怒っている感じはないのだが、少しだけ壁みたいなものを感じる。
「キュー!」
「せんせーおはようございます。それでなにかしたの?」
「あぁ、キューちゃんとミコもおはよう。いやまぁちょっとな」
そんなやりとりを見て、ミコが訝しげに尋ねてくる。ミーナの態度に違和感を覚えたのだろう。ひとまず昨日の詳細は生徒たちにはとても言えないため、濁して答える。
「どうせまたおっさんが余計なことしたんだろ」
「…………ノーコメントだ」
「ほらな」
目の前に座っているレオはパンをむしゃむしゃ食べながらそんなことを言ってくる。概ね正解なため、コメントは差し控える。が、これはつまり肯定してしまったということだ。
「おはようジェイド。昨日はよく眠れたか?」
そして、背後から忍び寄ったエメリアは俺の頭の上に両腕を乗せ、いけしゃあしゃあとそんなことを聞いてくるのであった。
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