第80話 お願い
「入って」
「はい」
ガチャリと扉が開くと、ラフな格好に着替えたミーナが幽鬼のように現れ、有無を言わさぬ迫力で入室しろと言ってくる。これを断れば俺の命はないだろう。俺だって命は惜しいんだ。素直に従う。
「……ひとまず、そのふざけた格好で話を聞く気になれないから、お風呂入ってきて」
「え? あ、あの、いいんですか?」
バスローブ姿で正座した俺を見て、ミーナが風呂に入れと言ってくる。状況的にこの部屋の風呂を使っていいということだろうか。選択を誤れば死ぬと思った俺は挙動不審に目を泳がせてしまう。
だが、どうやらこの部屋の風呂を使っていいようだ。ミーナはこの部屋の浴室を指さした。俺は慌てて自分の鞄から着替えを取り出すと風呂へ向かう。
「別に急がなくていいから、ちゃんと綺麗にしてね?」
「あ、はい」
その一言がなければ俺は三分で上がるつもりだった。しかし、今は逆だ。これで早く上がったら怒られる。俺は丁寧に隅々まで洗い、きちんと髪の毛まで乾かして、脱衣所をあとにする。当然、部屋着に身を包んで、だ。
「出ました……」
「よろしい。……で?」
きた。尋問の始まりだ。だが、入浴中に散々シミューレションした俺に死角はない。こちらにだって正義はあるのだ。ここは強気に──。
「いや、あの、エメリアさんにですね? ジェイドの部屋はここと言われまして……。ボクにもなにがなんだかさっぱりで……」
など出られるはずもない。精一杯申し訳なさそうに誤解であることを訴える。
「なるほど……。エメリア様が、ね……。フフフフ、まぁそんなことだろうとは思ったんだ。後でちゃんとお話ししなきゃね」
「ヒィィッ」
エメリアの部屋の方を向きながら、笑うミーナ。何やら合点がいったらしい。なぜだろう銀髪の魔女と呼ばれたエメリアより栗色の魔女の方が強くて恐いと思ってしまう。そして、ミーナは顔をこちらに戻し、ニッコリだ。
「で? ジェイド? 謝ることはない?」
「はいっ! その、裸を見てしまって申し訳ありませんでしたっ!!」
これも想定済みだ。俺はすぐさま土下座する。あの状況で裸を見ていませんは無理がある。事故であることは理解してもらえたのだ。潔く認め、誠心誠意謝れば許して──。
「うん。それは事故だからしょうがないよね。私も忘れるから、ジェイドも忘れてね? でもほかにない?」
「……え。ほかに……?」
俺は視線を泳がせる。想定、内だ……。心当たりは……ある。パンツだ。パンツだろう。だが、パンツじゃない可能性もある。もし、それでパンツを手に取っちゃいましたなんて言って、自爆してみろ。俺はまさに墓穴を掘ることになる。本当に死にかねないのだ。ここは一旦──。
「パンツ見たよね? で、動かしたよね?」
「はい。すみませんでした。バスローブを勢いよく取った際、パンツが宙を舞い、それを両手で受け止め、元の位置へとお戻ししました。殺して下さい」
様子をみることなんてできなかった。もう顔を上げることはできない。ミーナの顔を見ることなどできない。背中からぶわっと嫌な汗が出る。
「………………」
無言の時間がつらい。何か言ってくれ。顔を上げて、状況を確認したいが、その勇気が出ない。たっぷり一分ほどそのままの状態が続いたろうか。
「……一つだけお願いを聞いてくれたら許してあげる」
「はい、なんでも!!」
俺は顔をバッと上げ、その条件に飛びついた。相手はミーナだ。いじわるな要求や無茶な要求はしないだろう。常識の範疇内のお願いが──。
「……私も魔帝国に連れてって」
お願いが……。
「……え? 魔帝国って? アマネとのか?」
「……うん」
それは想定外のお願いであった。理由は分からないが、ミーナは魔帝国についてきたいと言った。
「いや、けど墓守に会うのはもしかしたら危ないかも知れないし……。生徒であるアマネの方を守るのに精一杯で……」
「うん、それでいい」
「えぇー……」
俺は遠まわしに断ろうとした。魔帝国にはあまり行ったことがないため勝手が分からないし、正直アマネの身を守ることに注力したかった。だが、ミーナは自分を見捨ててでもいいからついていきたいと言う。今度は俺が黙る番であった。
(どうなんだ……? パンツの件はまぁ悪かったが、それとこれとは話が違いすぎないか? 安易に連れていってミーナを危険な目に合わせてしまうのは……)
やはり俺はこの件に関しては消極的だ。ジッとミーナの様子を窺う。こちらを見つめる視線は真剣そのもの。よほど固い意思を持って提案していることが分かる。
「なぁ、ミーナ? 俺はお前に怪我してほしくないんだが?」
「そっくりそのままお言葉をお返しします」
「うぐ……。でも、俺はほら、宮廷警護科で戦闘訓練をきちんと受けてるし。でも、ミーナは違うだろ?」
「でもジェイドは誰かが見張ってないと無茶しちゃうでしょ? それにアマネちゃんは女子だよ? どうしたって目を離す時間はできちゃうでしょ。私ならそこをカバーできるし」
あー言えば、こう返される。確かにエルムに来てからの俺は少しだけ考えなしに行動することが多かったのは認めよう。そして女子であるアマネをずっと見ていることができないと言われるのも確かだ。
「……確かに」
なので、そこは素直に認めてしまう。
「じゃあ──」
「でも、やっぱりダメだ。魔帝国は勝手が分からないし、今回は原始の魔王とかいうヤバイやつの案件だからな。戦闘が出来る者がせめてもう一人いなければ同行は認めるつもりはない」
俺が認めたことで一気に畳みかけようとしてくるミーナの言葉を遮る。俺が迷っている態度がよくない。今回の件はやはりダメだ。はっきりと告げる。
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