第79話 エメリアの右隣の部屋


 ◇


「では、ミーナの部屋は私の右隣だ」


「何から何までありがとうございます」


 私たちはそのあと、エメリア様がとってくれた高級宿屋で一泊することとなる。なんと、全員に個室が与えられた。


「気にするな。私にとっても非常に幸運な一日だったんだ。では、ゆっくり休め」


 エメリア様は気取った風もなく、自然にそう言うと隣の部屋に戻った。私は扉が閉まるまでエメリア様に頭を下げ続けた。その後は案内された通り、目の前の部屋に入る。一人用とは思えない広さだ。それに、まるで王族や貴族が使うような上品で、豪華な内装に驚く。


(うわぁベッドも広くて……ふかふかなんだろうなぁ)


 一人用どころか四人でも寝れそうな広いベッドの上にダイブしたい気持ちを抑え、代わりに荷物を置き、着替えを取り出す。まずは、なんと言ってもお風呂だ。飛空艇の移動が主だったが、やはり多少汗をかいている。


 ガチャリ。


 脱衣所へ向かい、浴室の扉を開ける。バスタブは広く、掃除も行き届いてるようだ。私はついつい嬉しくなりながら、お湯を張る。


 それからベッドまで戻り、置いた荷物を片付け、クローゼットにきちんとしまう。


(そろそろかな?)


 少し気が焦ってしまっているらしい。いそいそと浴室を覗きにいく。まだ半分ほどしか溜まっていなかった。でも我慢できないので、服を脱ぎ始めてしまう。ここでもわざと時間を掛けるように脱いだ服を綺麗に丁寧に畳み、その上にバスローブを置く。そして──。


(あぁ……気持ちいい)


 浴室へ入り、シャワーを被り、汚れを落としていく。備え付けのボディーソープやシャンプーはとても良い匂いだ。


(……これ、どこで売ってるのかなぁ。王都だけかな)


 王都で買えるか教えてもらい、時間があれば自分へのお土産にしようと決意する。


(って、私が観光気分でどうするのよ……)


 ひとしきり洗い流したあと、ふと鏡を見てニヤニヤしている自分に呆れる。まったくこれじゃジェイドのことを言えない。そして私はちゃぽんと湯船に浸かりながら今日のジェイドのことを思い出す。


(ジェイド、あんなに強かったんだ。魔法も凄かったし、カルナヴァレルさんとの決闘だって……)


 バスタブに顔の半分まで沈め、ぶくぶくと子供みたいに泡を吐きながら考える。客観的かつ控えめに言って、ジェイドは強かったし、カッコよかったと思う。それは、うん、私がジェイドのことを好きだからそう見えたんじゃない。きっと、みんなだってそう思ったはずだ。


「でも……危なっかしいよね。……死ぬ気だったし」


 カルナヴァレルさんが竜の姿のとき見せたジェイドの笑顔。命を賭けることに躊躇しなかった。それがすごく──。


「……怖い」


 私はバスタブの中でギュッと体を縮こまらせる。いつか、こんな無茶をしていればジェイドがいなくなってしまうかも知れない。そのとき、傍にいれなかったら、きっと私は死ぬほど後悔する。


「……ジェイドと一緒にいたいよ」


 その小さな呟きは浴室の蒸気に反射して、僅かな残響となるのであった。



 ◇



「あぁ、ジェイド待たせてすまないな。お前の部屋は私の隣だ」


「え? エメリアの隣? 別にいいけど、普通男女で隣にするか?」


 なぜか俺だけ部屋の準備が遅れると待たされて、案内されたと思ったらエメリアの隣。別にイヤというわけではないが、なんとなく隣に女性がいると思うと落ち着かない。


「あぁ、ここしか空いてなかったんだ。それに私を襲ってもいいが、ミーナに告げ口するぞ?」


 そんな俺を見て、からかうエメリア。当然そんなつもりはないのですぐに否定する。


「いや、しないけども。あと、いちいちミーナをだな──」


「では、おやすみ。あ、ちゃんと風呂に入って寝るんだぞ? 臭い男はモテないぞ」


「む」


 だが、俺の言葉など聞かず、エメリアは言いたいことだけ言って部屋へと逃げ込む。一応男女だ。こうなっては、無理やり部屋へ突入して文句を言うこともできない。そして先ほどのやり取りを思い出させるように締めくくりの言葉は臭いだ。まったく優しくない女性である。


 ガチャリ。


 部屋へと入る。随分広いし綺麗だ。そして思い返す。先ほどミーナは臭くないと言ってくれたが、恐らく今の俺は結構臭いはずだ。あれだけ、暴れまわって、血や汗やなんかその他もろもろの──。


(いや、考えるのはよそう。風呂に入ろっと……)


 俺はどかりと荷物をベッドの上に置き、エメリアに言われた通り、すぐさま浴室へ向かう。そして服をぽいぽいぽーい。


(どうせ、こんなのもう着れないし、捨てればいいさ)


 どうせ捨てる服だと割り切り、脱衣所に散らかし放題散らかし、全裸で浴室に突入した。


 ガチャリ。


「「…………」」


 ガチャリ。


 扉を開けた。目の前にすっぽんぽんのミーナがいた。扉を閉めた。


(おーい、カルナヴァレルー。俺は今、起きてるか? おーい。おーい!)


『……うっさいボケ。我は寝てるとこだ。起こすな。死ね』


(あ、すまん)


『……Zzz』


 カルナヴァレルは寝ていた。俺も寝ているのか? いや起きてるだろ。現実から目を背けるべきではない。が、しかし、よく考えろ。これが万が一、現実なら目が合った時点で叫ぶだろ。であれば、なにか幻でも見たという可能性もある。竜の血の副作用かも知れない。


「……あのー、ミーナさん、そこにいらっしゃいませんよね?」


 だが、念には念を、だ。一応浴室の扉越しに声を掛けてみる。


「……………………いる」


「おーう……」


 いた。いちゃった。え、どうしよう。いや、どうしようもこうしようもない。服を着て、一旦退室すべきだ。


「すまない。あー、事情はあとで説明する。ひとまず出るから待っててくれ」


「……うん」


 俺はひとまず自分の服をかき集めた。しかし、ボロボロだし、汗吸ってるしでこんな非常事態でも着たくない。これは俺の中でもはやボロ布なのだ。


(ん? バスローブあるじゃん)


 そこで俺は見つけてしまう。綺麗に折りたたまれたバスローブを。ひとまずこれを羽織れば、速やかに緊急避難はできる。迷うことなくそれに手を伸ばす。


(羽織ってと──)


 俺は勢いよくバスローブを掴み、シュバッとスタイリッシュに袖を通した。そして、キュっと紐をしばり、前を閉じればほら──ヒラリ。


(ヒラリ?)


 何かが宙を舞う。それは三角形の布状生物だ。


 パサリ。


 俺はなんとはなしに両手を上に向け、受け皿にする。三角形の布状生物が不時着してきた。


「……こ、れ、は」


 パンツだ。間違いない。パンツだ。状況から察するにミーナのパンツだ。なぜ俺の手の中にミーナのパンツが? いや、そんなことよりコレがバレたら死ぬ。社会的にも物理的にも死んでしまう。


 ゆっくり深呼吸し、その青と黒のレースがあしらわれたちょっと大人びたパンツは見なかったことにすると、元あったであろう位置に戻す。そして、ダッシュだ。


「じゃあミーナ! 俺部屋の外にいるから!」


 そう言い残し、俺は部屋の外でバスローブ一丁で佇むのであった。

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