第78話 魔帝国

「魔帝国だ。原始の魔王の墓は世界各国でまことしやかに噂が飛び交い、確証となる資料や文献は残っていなかった。だが、最近になって原始の魔王の墓守だという男が魔帝国の帝都城に現れた。当然、そんなことを言う者は後を絶たなかったし、今回も法螺話だろうと高をくくっていた」


 エメリアはもったいつけるようにそう話しはじめた。わざわざこの話をするということは、続く言葉は墓守だということに信憑性を持たせる何か、だ。俺はゴクリと生唾を飲み、続く言葉を待つ。


「その男の左目は金眼であった。つまり、アマネ。お前の右目と対になる左目を持つ者がいるということだ。当然、魔帝国はこの者の身柄を確保しようとする。だが、この男は帝都城に控えていた騎士や魔法師をことごとく退け、あざ笑うかのように城から逃亡を果たした。この失態を国民に知られるのはまずいと思った皇帝はすぐに厳戒な緘口令を敷いた。まぁ、私の耳に入るくらいだ。各国の上級貴族は知っているだろうがな」


 エメリアは最後に皮肉を混じえて話を終える。魔帝国──このウィンダム王国の北にある険しい連峰を越えた先の大国だ。貴族制ではなく、実力主義、成果主義のこの国は各国から人が集まり、軍事力や経済力は世界でもトップクラスだ。その中央、帝都城に勤める者たちを退ける力の持ち主。金眼の男。確かに原始の魔王と何らかの関わりを持っていても不思議ではない。


「アマネはその男に心当たりはあるか?」


 噂話で片付けるわけにはいかなそうな情報だ。アマネがその男について心当たりがあるか聞いてみる。だが、アマネは首を横に振るばかり。


「ふむ、となると会ってみるしかないか。だが、会ってどうするんだ?」


「さぁな。だが呪痕は原始の魔王の思念が形となったものと聞く。では、その思念の大本はどこか。私はそれが原始の魔王の遺体にあると考えている。墓守という男に話を聞けば、何かが分かるかも知れない。その程度の情報だ」


 エメリアは解決までは分かるわけがないと言って肩をすくめる。だがエメリアの言う通り、その金眼の男に会ってみれば解決の糸口がつかめるかも知れない。


「しかし魔帝国に行って、その男を捜して、原始の魔王の墓を見つけるってなると一日、二日じゃ到底無理だよな……。どうするかなぁ」


「え? センセイついてきてくれるの?」


 そこでアマネは変な顔で変なことを聞いてくる。まさか、アマネは一人で魔帝国まで行く気だったのだろうか。そんな危ないマネはさせられない。当然──。


「当たり前だろ。アマネの魔力暴走の原因は明らかにソレとソレだ。つまりこれを解決しなければアマネは進級できない。なら、解決する。おかしいか?」


 アマネが魔力暴走している原因は金眼と呪痕だ。一音節魔法であれだけの出力になるのはそれしか考えられない。だが、俺まで長期間学校を休んで探しにいくというのは難しいだろう。


「う~ん……。どうしたものか……」


「おい、ジェイド。今月の二十五日はなんの日だ」


「は? なんだ急に?」


 俺がどうしようか考えあぐねているとエメリアがそんなことを言ってくる。


「いいから答えろ」


「……分かったよ。んー、今月って一月だろ? 一月二十五日……あっ。王国創立日か」


 思い出す。宮廷魔法師時代、一月中旬から二月頭までのクソ忙しく、魔法局や王国騎士団、城全体が非常にピリピリしていた日々を。それはなぜか──。


「王都に押し寄せるように人が集まったな……。そうかこの前後は王国創立祭で国民は休みだ……。えぇと、正確には何日から何日までだっけ?」


 国民の祝日だと言う事は知っていた。だが、宮廷警護科には休みはなく、毎日馬車馬のごとく働いて、気が付けば、終わっていたというのが毎年の慣例だ。


「一月の二十日から三十一日だ」


「十一日間もあるのか……。いける……か。いや、進級までのタイミングを考えたらここしかない。アマネ、行くぞ」


 俺は魔帝国へ行くことを決めた。だが──。


「コホン。ジェイド先生? 学長に言われたことをもう忘れてしまったのでしょうか?」


「あ……」


 ミーナの言葉で我に返る。まるっきり今回の件と同じ過ちを繰り返すところであった。危ない危ない。そうだ、まず学長に許可を取って、親御さんに許可を貰って、えぇと、ていうか、そもそも職員は休みなのか?


「ミーナ先生、俺たちって王国創立祭のときって休み?」


「休みですよ」


「ほっ。良かった。ん~、でも学長許可くれるかなぁ」


 どうやら教員も休みらしい。良かった。しかし、ベント伯が許可をくれるかは分からない。と、そこまで考えた時に王都に来る前ベント伯と交わした言葉を思い出す。


(私を説得してみせるんだ……か)


 明確な目的とメリットがあれば、頭ごなしに否定はしないということ。そしてそれを考え、アマネの呪痕問題を解決するのが俺の仕事だろう。


「うし、アマネ。先生頑張るからな、任せとけ」


「……ありがとうございます」


「おう」


 俺は弱気になってる自分を追い出し、必ず成し遂げる気概でアマネにそう言う。アマネはそんな俺を見て、ペコリと頭を下げた。


 こうして次に為すべきことが見つかり、王都の夜は更けていく。

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