第77話 眼帯と包帯

(なに? ファッションだと勝手に思っていたが、アマネの左腕には何かあるのか?)


 俺は改めて包帯を眺める。だが包帯の上からではその下がどうなっているのかは分からない。エメリアも同じように左腕をしげしげと見つめ──。


「……見せてもらっても?」


 包帯の下を見せろと言った。それはそうだ。見なければ話は始まらない。自然と皆の視線はそこに集まり、部屋の空気が張り詰めていく。そしてアマネは──。


「もう後戻りはできない。巻き方を忘れてしまったから」


 ドヤ顔でそう言って、包帯をくるくるとほどいていく。中から現れたものは──。


「──っ!?」


 アマネを除く全員が息を呑んだ。それは手の甲から肘の辺りまでビッシリと刻まれた──。


「呪い……。呪痕じゅこん……。それもこれほどの大きさ……。こんなサイズの呪痕は初めて見る……」


「かーらーのー。ぱんぱかぱーん」


 驚くエメリアにお構いなしに、アマネは右目の眼帯も外した。左目の虹彩は紫であるのに対しその右目の虹彩は──。


「金眼……だと? 魔王の眼……。いやいや、ちょっと待ってくれ」


 金色であった。聞いたことがある。金眼──始まりにして頂点であった魔法師──原始の魔王と呼ばれた者が金眼だったと。エメリアが驚く姿を日に何度も見れることになるとは……人生何があるか分からないものである。


「というわけで私は原始の魔王の生まれ変わりの肉体に転生した。それで呪痕がどんどん大きくなってきている。これが心臓か脳あたりまで来ると私はきっと原始の魔王に乗っ取られてしまう」


「……なぜ、そんなことが分かる」


 確信的な言い方をするアマネ。エメリアは困惑しながらもその根拠を問う。恐らくそんな事例は聞いたことも見たこともないのだろう。そして、これに対してもやはりアマネはニヤリと笑い──。


「異世界転生テンプレだから!!」


 ばばーんと効果音が背景に浮かんで見えんばかりに意味不明なことを言い放った。それがどういう意味なのかは分からないが、ものすごい自信と有無を言わさぬ説得力だ。しかし、なぜ彼女はこのようなヤバイ案件をあっけらかんと言えるのか。その精神構造に尊敬の念すら沸いてくる。ひとまずポカンとしているエメリアの代わりに俺は口を開いた。


「あー、アマネ。わりとそれってヤバイんじゃないか?」


「まぁ、そしたらそれまでですね。私が異世界転生の主人公として相応しくなかったというだけの話です」


 俺が心配でそう尋ねるも、アマネは悟りきったような表情と平坦な声でそう返してくる。


「……いや、分からないが、分かった。ひとまず呪痕と原始の魔王に関する資料を集めて、まとめてみよう」


 そして頭を横に二度、三度振り再起動したエメリアはなんとか生産的な提案をする。


「ありがとうございます。では、どうぞ、なんでも聞いて下さい」


「? いいのか? まだ有益な情報かどうかは確定していないんだぞ?」


「えぇ。大丈夫です。エメリア様は重要NPCな気がしているので、きっとここのフラグで私のイベントは進行すると思いますから」


 そしてやはりアマネは俺たちにはよく分からない言葉でそう言いきった。


「そうか……。では、遠慮なく。まず、前世のキミの情報を教えてくれ。一体どういう世界で生まれ、どうやって生き、そして……死んだか」


 その言葉にギョッとする。いきなりの質問としては大分ハードだが、エメリアらしい。気が変わらない内にもっとも聞きたいことを尋ねたのであろう。当然、俺はアマネが少しでも嫌がるなら庇うつもりだ。だが、そんな心配などまったく必要なかったようで──。


「魔法のない世界ですよ。代わりに科学が発展した世界。そうですね、魔力の代わりに電力というものがあり、魔道具の変わりに電化製品がありました。そして世界は二百以上の国に分かれていて、私が生まれたのは日本という国。そこで、ごくごく平凡な家。こちらで言えば平民の家で育ちました。ただ、こちらより教育水準は高く、誰でも教育を受けられ、学生である期間は長かったです。それで私は学生時代の終わりの方で──殺されました」


 つらつらと淀みなく答える。そしてその最後はとても痛ましい終わり方で。


「そうか……。ちなみにその学生時代の終わりというのはいくつくらいなんだ?」


「二十歳そこそこですよ」


(なるほど。いつも意味の分からないことを言ってふざけてはいるが、落ち着いた雰囲気や時折見せる思慮深い表情はそういうことだったのか)


 俺はそこで年齢に似合わぬ大人びた雰囲気を感じる時があったことに対して納得する。


 それから小一時間ほどエメリアはアマネの前世の話を聞いた。やはりと言うか、アマネは頭が良く、説明も上手だ。そしてその淀みない答えと俺たちの常識からは到底考えられない世界観にこれが嘘ではないと確信させられる。


「……なるほど。ありがとう。とても興味深い話だった。また、いずれ話を聞きたい」


「えぇ、これについての情報をくれるならいつでも」


「あぁ、召喚魔法の件が一区切りとなったからな。最重要タスクとして取り掛かろう。そして早速だが私の知っている情報を一つ渡そう」


 どうやらエメリアは交渉の道具として情報を一つ持っていたらしい。なんともエメリアらしいやり方だ。アマネはコクリと頷く。

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