第76話 等価交換

「は?」


 俺はガタリと立ち上がり、キョロキョロと辺りを見渡す。カルナヴァレルは当然いない。そんな俺を不審に思ったのか、皆の視線は困惑している。だがエメリアだけはまっすぐ俺を見つめ、何があったかと真剣に尋ねてくる。


「どうしたジェイド」


「いや、今、カルナヴァレルの声が……。ハハ、疲れてるのかな」


「詳しく」


「え? いや、頭の中でカルナヴァレルの繋がりを探そうと、ひとまずカルナヴァレルーって呼んでみたら、返事があったんだ」


 自分で説明していてバカみたいである。そんなことが起きるわけがない。それだと俺の脳内にカルナヴァレルが住んでいるみたいじゃないか。


「次元竜の血……。次元魔法……。行き来できる……。思念が魔力を介して次元を超える……。あり得るのか──」


 エメリアはブツブツと独り言をいいながら震えていた。ちょっとだけ気持ち悪い。


「ハハ、じゃあ俺とあいつの繋がりはないってことで──」


「ジェイド、もう一度カルナヴァレルのことを考えながら、心の中で会話をしてみてくれ。カルナヴァレルしか知り得ないことを聞くんだ。そうだな、例えばキューエル君の名前の由来を聞いてみてくれ」


「……お、おう」


 エメリアがすごい圧力で俺の両肩を掴み、睨んでくる。これは一応試してみないと収まらないだろう。


(おーい、カルナヴァレル)


『さっきから何だ』


(いや、ちょっと聞きたいことがある。キューちゃんの名前の由来ってなんだ?)


『ん? エルか? 竜語で輝きという意味だが』


(ほー。いい名前だな。それにあんたと違って可愛らしいし)


『なんだ喧嘩を売ってるのか? だが、エルが可愛いということは同意しておこう。エルは世界一、いや次元一可愛いだろう』


(……親バカかよ)


『……何が悪い』


(……別にぃ。うらやましいこって)


「おい、ジェイド! おい!」


「ん?」


 目を閉じて、脳内の会話に集中していたら気がつかなかったが、エメリアが声を掛けていたらしい。


「喋れたのか?」


「あ、あぁ。多分。これはマジで喋れてるな。むしろこれが俺の脳内の幻聴だったら俺はヤバイ奴だ。それでキューちゃんの名前の由来だが──」


「待て。先にキューエル君に聞こう。キューエル君、キミは自分の名前の由来を知ってるか?」


「キュー!」


 エメリアの問いにキューちゃんが答える。その表情は自信に満ちているから知っていそうだ。俺は自然とミコに視線を向ける。


「はい、キューちゃんは知っているだそうです!」


「聞こう」


 エメリアは平静を保っているように見えるが、その口調に余裕は感じられない。


「えと、キューちゃん? うん、うん。えぇと、竜の言葉で輝きという意味らしいです」


「なるほど、とても良い名前だ。キューエル君、ミコありがとう。それでジェイド?」


 俺はホッとしたような驚いたような顔をしていただろう。つまり間抜けな顔だ。


「あぁ、俺の脳内で喋っていたカルナヴァレルも同じことを言っていたな。これはつまり、そういうこと……なのか」


 と言ったものの、実際は困惑しており、どういうことなのかはまったく分かってはいない。


「あぁ、そういうことだ。つまり、カルナヴァレルの血を飲んだお前はカルナヴァレルと繋がりができ、次元を超えて思念での会話が可能になったということだ」


「……えぇー、なんかびっみょー」


 エメリアは目を爛々と輝かせ、そう力説する。しかし、俺はむさくるしいおっさんと次元を超えて会話ができるということにまったくもってメリットを感じなかった。


「バカモノ! これはものすごいことだぞ! お前の血を使えば思念通話が可能になるやも知れないんだ!」


「…………正直引きます」


 しかし、目の前のマッドサイエンティストの勢いは収まらない。なにやら俺の血を使って通信技術の革新に取り組もうとしていた。それが叶うまでに俺の血液をどれほど採取されるのかは想像もしたくない。


「……コホン。まぁいい、それは置いておこう。だが、ジェイド。竜の血は未知のものだ。思わぬ作用や逆に副作用や拒否反応が出るかも知れん。慎重に経過を観察し、何かあった場合はすぐに私に連絡をしろ。まぁ、助けてやれるかどうかは分からんがな」


「あぁ、そうするよ。ありがとう」


 ひとまず気休めでも身を案じてくれていることは嬉しい。


「さて、では次元竜についてはここまでにしておこう。次は──」


 そしてここで、次元竜の話は一区切りとなる。だが、エメリアはどうやらまだ話し合いたいことがあるようだ。そしてその視線の先には──。


「? 私?」


 アマネだ。眼帯と包帯をした少女は自らを指さし、小首を傾げる。そう言えば、すっかり忘れそうになっていたが、アマネは転生人というおとぎ話のような存在だとカミングアウトしていたのだ。


「あぁ、転生人には前々から興味があった。差し支えなければ話を聞きたい」


 エメリアはジッとアマネを見つめ、そう切り出す。それに対しアマネはゆっくりと目を閉じ、はっきりとした口調で返した。


「人は何かの犠牲なしに何も得ることはできない。何かを得るためには、それと同等の代価が必要になる。それが、エドの言ってた等価交換の原則」


 エド? 果たして誰だろうか。俺の中で思い当たる人物はいなかった。恐らく前世の世界の偉人ではないだろうかと推測する。そして、その言葉の意味すること。転生人の情報と引き換えに対価を求めている。まぁこれはアマネとエメリアの個人的な取引であるのだから、よほどおかしなものでなければ止める気はない。


「……何を望む?」


「……情報」


「何のだ」


「これ」


 アマネはそう言って自身の左手を指さす。そこにはとてもじゃないが、規則正しく綺麗とは言えない巻き方をされた包帯があった。

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