第75話 繋がり

「ん? どうしたんだ?」


 急にドラゴンの姿に戻ったキューちゃんを見て、ミコにそう尋ねる。


「さぁ? キューちゃんもわからないって言ってますね」


 どうやらキューちゃん自身も分かっていないらしい。まぁ初めての人化なのだから勝手は分からないだろう。しかし、一度人化できたという事実は大きい。練習すればコントロールできるようになるだろう。それに──。


(幼女姿も可愛いが、ドラゴンの姿もやっぱり可愛いし)


 俺は、床に座ってキョロキョロしているキューちゃんのところまでゆっくり近づき、そっと手を伸ばす。最初に触るのを拒否されたことをつい忘れてしまっていたが──。


「キューちゃんはかわいいなぁ。よーし、よし」


「キュ~」


 抱きかかえることを許してくれた。それどころか、撫でると目を細め、安心している様子だ。どういう心境の変化だろうか。


「ミコ? キューちゃんは何て言ってるんだ?」


「えと、せんせーからパパの匂いがするって」


「え……」


 あまり嬉しくない言葉だ。いや、そりゃキューちゃんからすればパパの匂いは安心できる匂いだろう。だが俺からしたらむさくるしいおっさんの匂いということだ。それはいわば加齢臭というやつではないだろうか? 慌てて、自分の匂いを嗅いでみる。特に何の匂いもしない。まさか、もうそれほどまでに馴染んでしまったのだろうか。


「……ミーナ先生? 俺は、その、匂うか?」


 俺は絶望感に満たされながら、コートを拾って壁に掛けている最中のミーナに問う。


「……なんで私なんですか」


 ミーナはコートを掛けた後、ギギギギと振り返る。非常に面倒くさそうな顔だ。面倒くさい? やはりくさいのか? フルフルフル。俺はつい過剰反応してしまっている自分を諌め、ミーナに縋る。


「……いや、幼少の頃から俺の匂いを知ってるだろうし、エルムに来てからもほとんど毎日嗅いでるだろ? 頼む、今日も嗅いでくれ」


「……コホン。生徒たちの前で変なことを言うのはやめて下さい。毎日嗅いでなんていませんからね」


「いいから早く」


「……もう」


 本当に渋々といった様子でミーナが近づいてくる。スンスン、鼻を鳴らした。


「どうだ?」


「……別に、いつものジェイド先生の匂いですが」


「ホッ。よかった。おっさん臭のするジェイド先生はいなかったんだ」


 俺は安心すると、キューちゃんをミコのところへ戻し、自分の椅子へ腰掛ける。俺の隣にはミーナが戻ってくる。そして、気分を切り替えるために酒を煽ろうとした。そこに一人の影が近づいてくる。


「どれどれ」


「……おい、アマネなにをしている」


「匂いチェック。むむ、これは──」


「……なんだよ」


「ラブな匂いがします。ここらへんから甘い匂いが漂っています」


「わっ……」


 俺とミーナを包むように両手を広げるアマネ。それを見て、手を口に当てわざとらしく顔を赤らめるミコ。どうやらアマネはからかいにきたらしい。生意気な。これは教育的指導が必要だろう。


「アマネ! 先生をからか──」


「もしや、カルナヴァレルの血か?」


 しかし、俺の一世一代の説教は、エメリアのその言葉によって遮られた。中腰になったままなので恥ずかしい。ひとまずゆるゆると座る。


「……コホン。で、血って? 俺の飲んだ?」


 先ほどから黙りこんで何を考えているかと思ったら、どうやらエメリアはキューちゃんの言っていたパパの匂いという発言について考えていたようだ。


「あぁ、そうだ。ジェイドの体はかなり損傷していただろう。それを竜の血で補ったんだ。文字通り血となり、肉となったのだろう。もしやしたら竜の魔力まで得ている可能性がある。それをキューエル君が嗅ぎ取ったとしたら辻褄が合うと思わないか。よし、解剖してみよう」


「待て待て待て。解剖すな。まぁ、言わんとすることは分かるし、そんな気がしないでもないが、う~ん……」


 エメリアは立ち上がって、鞄を漁ると解剖用キットを取り出す。なぜ、それを常時携帯しているのかは謎だが、ひとまず食事中に切り開かれてはたまらない。いや食事中じゃなくてもたまったものじゃない。そっと仕舞い直してもらう。そして、エメリアに言われた竜の血について考えてみる。ニギニギと両手を閉じたり開いたり、四肢の関節をグルグル動かしてみるが、特に違和感はない。


「特に違和感は──」


「鈍感なだけだろう」


「…………」


 最後まで言わせて欲しい。だが、周りのみんなもそれにうんうんと頷いている。俺が鈍感だと? まったくもって失礼な話である。


「それでジェイド。真面目な話なのだが、カルナヴァレルとの繋がりみたいなものは感じないか?」


 エメリアの表情は真剣だ。正直カルナヴァレルとの繋がりとかいう気持ち悪い単語に関しては考えたくもないが、ミコの夢に協力してもらったのだ。最大限俺も報いなければなるまい。


「……一応確かめてみよう。ちょっと待ってくれ」


 俺は目を閉じ、自身の中に繋がりがあるかを探る。


(えーっと、カルナヴァレル……カルナヴァレル……。おーい、カルナヴァレルぅー)


『なんだ、騒々しいな』


(はは、そうそう、こんな声とこんな口調だったな。さて、カルナヴァレルとの繋がりなどなかったな)


『……いや、貴様今、我と喋っておるが?』

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