第71話 決着

 カルナヴァレルが真っ向から駆けてくる。フェイントもクソもない大振りの右拳だ。当然避け──。


「ジェイド!!」


「せんせー!!」


「おっさん!!」


 ない。その拳に打ち合わせるようにこちらも全力で右拳を振るう。気合一発だ。骨が盛大に砕けた音が辺りに響く。見れば奴の右手の指はてんでバラバラおかしな方向に曲がっている。当然俺の拳もぐしゃぐしゃだろう。ミーナやミコ、レオが叫ぶ。心配するな。こんなもん『人あらざる者』があればすぐに治るさ。


「お返しだ。りゃぁぁぁ!!」


 黒杖を右手で持とうとするも感覚がまったくない。どうやら手首から先が吹き飛んでしまったようだ。これは再生に時間が掛かりそうだ。そんなことをボンヤリ考えながら、残った左手で黒杖を振るう。その胴を打ち抜こうとするも──。


「ぐふっ。……ってぇ。チッ、人間の体ってのはもろいものだな。なぁ、ジェイド!?」


「がはっ」


 鋼鉄のような腹筋に阻まれる。そしてカウンターで強烈なミドルキックが俺の脇を捉えた。折りたたんで防いだ左腕ごと吹き飛ばされる。猛烈な痛みと吐き気が襲ってくる。左上腕骨と肋骨数本がイカれた。呼吸ができない。


「──っ。──っ。──カハッ」


 なんとか血を吐き出し、せり上がった横隔膜を必死に元へ戻すように呼吸を試みる。


「もうやめてっ、ジェイドが死んじゃう!!」


 遠くでミーナがエメリアに羽交い絞めにされながら泣き叫んでいる。相変わらず泣き虫だ。俺が無茶して危ない目に合うといつもあぁやって泣きながらやめて、やめてって言ってたな。


「ジェイド、もうおしまいか?」


 俺が立ち上がるのを待ってくれているカルナヴァレル。右腕は諦め、左腕の自己再生のみに集中する。動いた。まだやれる。


「……んなわけあるか。だが、あんまり攻撃を食らうと幼馴染が泣いちまうんでな。もう攻撃は食らってやらねぇ」


 左手の黒杖で立ち上がる俺の姿を見て、カルナヴァレルはニヤリと笑うと駆けてくる。


「ふんっ。減らず口を──らぁぁぁ!!」


 無理やり握りこんだ右拳を再度振ってくる。俺はその右拳に黒杖を這わし、受け流す。杖術でまず最初に教え込まれた受けの極意──『流水』。


「ほぅ。それなりに武の嗜みもあるではないか」


「あぁ、師には恵まれていたからな。らぁぁ!!」


 次に放つは杖術『三点爆』。黒杖でカルナヴァレルの右腕を素早く数度突く。一瞬にして右上半身を連鎖的な爆発が襲う。


「……いっでぇ。クハハハ、面白いな。わざと魔法陣を成立させず魔力暴走による爆発を起こすとは」


「ご名答。俺はコレを三点突くだけで設置魔法を置ける」


 カルナヴァレルの右腕の皮膚はところどころ焼け、流血が見られる。もし仮に人間と同じ身体構造であれば血液の流出は勝負の分かれ目となりうるだろう。俺は奴が失血によって気絶するまで攻撃を避けて爆発させ続ければいい。


「ふんっ。こんなもの屁でもない。好きなだけその棒っきれで叩くがいい。その前に左腕を千切り飛ばしてやるわ」


 そして綱渡りのような攻防が始まった。奴は防御を一切せず、その一撃全てに渾身の力を篭めて暴風のように攻撃してくる。俺はそれを黒杖で捌き、爆ぜ、捌き、爆ぜ、奴の体力を削いでいく。


 どれくらい経っただろうか。俺は奴の拳や蹴りによる風圧で体中に傷をつくり、捌く左腕は震えて感覚がない。対して奴は体中から流血をし、人間であれば致命的な量の血を失ってるにも関わらず笑っていた。


「カハハハッ!! お互いしぶといなジェイド。だが、もう左腕は動かないんだろう?」


 どうやらバレているようだ。その通り、今黒杖に少しでも力が加われば落としてしまうだろう。


「ッハ。カルナヴァレル。いいか、人間ってのはしぶとさが売りなんだよ」


 となれば俺は黒杖を落とし、両足の靴を脱ぐ。そして、両足で地面に魔法陣を描いた。発動する魔法はボムズ。爆発魔法だ。俺は爆発と同時に地を蹴り、カルナヴァレルへ体当たりする。


「なにっ!?」


 そしてそのまま押し倒し、両膝で奴の腕を押さえながらマウントポジションを取ると──。


「せーのっ!」


 頭突きを食らわす。


「ぐはっ。鼻いだっ──ぐふっ」


 もしかしたら人類初ではないだろうか。俺はドラゴンに涙を流させた。しかし、そこまでだ。所詮この体格差では奴の両腕を拘束しておくことはできない。もがいた左拳が俺の顎へと迫る。だが、やつは目を閉じているせいか狙いが外れることとなった。


(んじゃ、これがホントに最後の最後だ)


 そして俺は宙を切って伸びきった左腕を全力で──噛む。


「いっっでぇっぇえ!! てめっ、バカジェイドッ!! なにしや、いでででで!! チクショウッ!!」


 叫びながら立ち上がるカルナヴァレル。だが俺は意地でもその左腕に喰らいついて離れない。そして何を思ったかカルナヴァレルは俺のダラリと下がった左腕を同じように噛む。


「ぐぁぁぁぁっ!!」


 左腕の前腕がカルナヴァレルの口によって抉られた。あまりの激痛に俺は声を上げて口を放してしまう。


 そしてカルナヴァレルはどさりと地面に落ちた俺を見下ろし──。


「っぺ。まず。こんなもん食えたもんじゃないな。……ッチ、やれやれ。おい、ジェイド。我は血を流しすぎた。この勝負もう続けられん。引き分けにしろ」


 変なことを言った。どう考えても俺はもう身動き一つ取れないし、立っているカルナヴァレルが勝者だ。だが、何も言うこともできない。少し疲れた。意識が遠のいていくのが分かる。


「フンッ。おい、ジェイド。勝手に死ぬことは許さんぞ。今回は引き分けと言ったんだ。またいずれ喧嘩をしにくる。飲め」


 俺はカルナヴァレルに上体を支えられ、起こされる。視界が暗く翳った。その言葉になんとか薄目を開くと、目の前には大きな拳。そしてそこから血が俺の口に流れてくる。

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