第62話 キューエル

「せ……成功した……のか? まさか、本当に次元の狭間に住まう生物がいたというのか……?」


 とても珍しい絵だ。あのエメリアが動揺し、困惑し、わなわなと震えているではないか。学生時代からの付き合いだが、初めて見たかも知れない。そして、まずは次元の狭間に逃げていってしまうのを防ぐためにもゲートを閉じるべきなのに、まったくそんなそぶりを見せない。なので──。


「あー、ひとまずこのゲート閉めないか? 逃げちゃ困るし?」


「……あ、あぁ、そうだな」


 俺がそう言う。するとようやくエメリアはゲート魔道具の水晶部分までノロノロと歩いていって、ゲートを閉じる作業に入った。このとき幸いにもドラゴンらしき生物はミコに懐いており、その腕の中でクッキーのおかわりを食べている。


「さて、ひとまず安全なようだし、みんな呼ぶか。おーい、もう大丈夫だぞー!」


 そしてゲートが閉まったのを確認して、少し離れたところにいるレオたちを呼ぶ。待っている間退屈だったのだろうか、レオはつまらなそうな顔をしていた。


 そしてミコとドラゴンらしき生き物を中心に俺たち六人は、この生物について議論を始めた。


「あー、まずはミコ、エメリア召喚魔法成功おめでとう」


 だがその前に未知の生物を次元の狭間から召喚したのだ。召喚魔法成功と言えよう。俺は二人に対し祝いの言葉を掛ける。周りの者からも同様の言葉とささやかな拍手が贈られる。


「うん、みんなありがとうございます!」


「……あぁ、ありがとう」


 ミコは笑顔で、エメリアはいまだにほうけた表情で答える。


「それで、この生物はドラゴンなのか? 誰かこいつの正体に心当たりがある者はいるか?」


 そして本題だ。この生物の正体は一体なんなのか。俺は皆の顔を覗く。エメリアは今までの反応を見る限り、知らないのだろう。各地で様々な危険生物の討伐をしているアゼルも知らない様子だ。ミーナも首を横に振る。レオなんか黙りこくってドラゴンらしき生物に目が釘付けだ。


(誰も知らないよなぁ……)


 そして、最後にアマネを見る──。


「ん? はい、アマネ」


 と、小さく手を挙げていたため、指名する。


「答えはDのドラゴンの赤ちゃんです。ファイナルアンサー」


 その言葉に全員の視線がアマネに集まる。その言葉はふざけていたが、確信めいたものがあり、冗談の類とは思えなかった。だが、なぜアマネがそれを知っていて、断言できるのか。


「……根拠はあるのか?」


「ミコにドラゴンのことを教えたのは私だから」


「…………なん、だと?」


 俺は衝撃を受ける。それはつまり、アマネは転生人であると言っているのだ。にわかには信じられない。当然周りの者も顔色を変えて──。


「だろうな」


「でしょうね」


「だと思った」


「え!? ミコはバラしてないよ!?」


 驚いているかと思ったが、エメリア、ミーナ、アゼルはしれっとそう返した。まるで分かっていた風だ。ワケが分からない。どこに転生人だという要素があったと言うのだ。


「…………」


 だが、全員が全員アマネの正体に気付いていたわけではなかったようだ。レオは口をあんぐりと開けて間抜け面を晒している。どうやらレオも仲間のようだ。ポンポンと肩を叩き、優しい目で微笑んでおく。レオはフルフルフルと顔を振って、再起動すると睨んでくる。解せぬ。


「まぁ、俺も正直に言えば、少しばかりアマネの言動には違和感を感じていた。思春期特有のものかと思ったが、それも異界特有のものだったんだな。うんうん、つまり知らず知らずの内にその正体に近づいていたわけだ」


 そして手をパンパンと叩き、話をそうまとめる。皆からはジト目で睨まれた。あろうことかドラゴンにまでも。


「……なんだよ。まぁいい。とりあえずアマネが転生人だという話は置いておいて……。そいつがドラゴンだとして、赤ちゃんってことは人語を理解できないのか?」


「それはまちまち。私のいた世界では生まれた時から人語を理解できるドラゴンというのもいたから。創作物の中では……」


 俺とアマネは見つめ合う。つまりそれは、全くもってこの現実とはリンクしないということだ。


「え? キューちゃんは言葉を理解してますよ? ね、キューちゃん?」


「キュー」


 だが、そんなのは分かりきっていると言わんばかりにミコがそう答える。ドラゴンと意思疎通ができている、と。


(しかし、キューちゃんってなんだ? まさか名前か? キューって鳴くからキューちゃんというのはその、安易すぎないか?)


 そのとき俺はドラゴンが人語を理解できるということより、そのネーミングセンスの方に意識がいってしまったのは内緒だ。だが、それを追及してはダメだろう。ミコもきっと良かれと思ってそう付けたのだから。


「おい、ミコ。なぜそいつはキューちゃんなんだ?」


 俺は声がした方を向く。少しだけホッとした。どうやらエメリアも俺と同じ意見のようだ。うんうん、流石にその安易なネーミングはいただけないよな。俺の疑問を代わりにエメリアが口にしてくれた。そしてミコの答えはと言えば──。


「キューちゃんが自分でそう言ってるじゃないですか。正確にはキューエルですけど、長いのでミコはキューちゃんって呼ぶことにしました。ね?」


「キュー!」


 その言葉に再度皆が固まる。自分でそう言っている。ミコは確かにそう言った。だが少なくとも俺の耳にはキューと言う鳴き声にしか聞こえなかった。

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