第61話 想像と現実

「ドラゴンさぁーーーん!! いじめないから出てきてくださぁーーーい!!」


「ぶっ」


 ミコはあろうことか、ものすごく強いと予想されるドラゴンをいじめないから出てきてと言い始めた。これにはエメリアとアゼルも苦笑である。


(というか、ドラゴンってものすごい強いなら召喚しちゃまずくないか?)


 そして俺は気付いてしまう。この召喚のリスクに。


「エメリア、ドラゴンって強いんだろ? 生態系の頂点に立つんだろ? 呼んだらまずくないか?」


「フッ、だからこそ、今なんだ。私、お前、アゼル、この三人が揃うことなど滅多にないだろう。この瞬間に召喚することこそがベストだ」


 なるほど、と思ってしまった。確かにこの三人でかかれば、大抵の生物は制圧できるであろう。かのアビスですら、恐らく。


「それに、幸か不幸かヤツは首までしかこちらに来れない。いざとなったらゲートを閉めてしまえば首チョンパだ」


「……なんつーえげつないことを」


 エメリアもリスクには当然気付いており、対策まで考えていたようだ。しかし、その絵を想像して背筋に寒気が走る。目の前で巨大な顔と首がボトリと落ちた日には、暫くトラウマとなり食欲をなくすであろう。


「まぁ、だけど確かにそれならなんとかなりそうだ。よしっ、ミコ、先生も手伝おう」


「ホントですか!? じゃあ、せんせーも一緒に呼んで下さい! せーのっ、ドラゴ──」


「いや待て待て待て、話は最後まで聞け。何も一緒に呼ぶだけが手伝うってことじゃないぞ?」


 ミコは何が楽しいのか、ずっとニコニコと嬉しそうでテンション高めだ。俺の話など途中までしか聞かず、再度叫びだそうとする。だが、俺が手伝うと言ったのは別の方法だ。それはどういうものかと言うと──。


「アクシオ──ナージュ」


 二音節の自然操作系魔法だ。この魔法は魔法陣そのものに効果が発動する。その効果とはエネルギー増幅。つまり今回の場合はこの魔法陣を声──振動が通過するとその振幅が増幅され、声が大きく聞こえるということだ。そして魔法科の教師である俺は折角の機会なのでミコに説明をはじめようとする。


「いいか? ミコこの魔法はだな──」


「せんせー、ありがとうございます! これならもっと遠くまで聞こえますね!」


「……あぁ、そうだな。……というか、知ってたんだな」


 だが、ミコはこの魔法を知っていたようだ。おかしい。一年生で勉強する範囲では──。


(あぁ、そうか。ミコは召喚魔法のことを調べるために既に教科書は全て読んだと言っていたな……)


 一人で勝手に納得する。が、しかし、このままではなんとなくバツが悪い。なので俺はもう一つ魔法を行使する。


「ディセット──ナージュ」


 同じく二音節の自然操作系魔法だ。この魔法は先ほどの魔法と似ており、エネルギー減衰を防ぐ魔法なのだが、ミコは恐らくこれも知っているだろう。


「ミコ? この魔法は知っているか?」


「はい、エネルギー保存魔法ですよね?」


 やはり知っていた。だが、これはどうだろうか。


「フフフ、だがミコ、先生は奥の手を残してあるんだぞ? 見ろ、そして驚けっ! フューズ!!」


「?」


 不敵に笑う俺を見てミコが訝しげな顔をする。そして俺は右手と左手の前に浮かぶ魔法陣を重ね合わせ、魔言を唱える。するとどうだろうか。


「え? 一枚に……なった?」


 そう、魔法陣の合成である。全ての魔法が合成できるわけではないが、特性の似ている魔法陣であればこのように合成できる。当然、効果は合成後の方が高くなる。それはもう、とても高くなる。


「どうだ、ミコすごいだろう?」


「う、うん……。合成魔法は理論上でしか存在しない魔法だって教科書には……」


 そう、この合成魔法という概念は目の前にいる天才が提唱していた。だが、誰も成し遂げられていないとされている。まぁそれはそうだ。


(二音節魔法同士の合成で六音節魔法クラスの魔法陣になるからなー)


 チラリと自分の作り出した魔法陣のサイズを見る。ミコの身長を遥かに越える魔法陣だ。


「おい……ジェイド。お前、合成魔法が使えるようになったの、か?」


「え? あぁ、まぁな」


 そして合成魔法を使えるようになったことはエメリアには言っていなかった。理由? もし使えるのが分かったら、ことあるごとに魔法の合成の実験に付き合わされるからである。だが、今回はミコにちょっぴりスゴイところを見せたくて、使ってしまった。後悔はしていない。


「……いずれ、また研究所に呼ぶからな」


「……へーい」


 そしてやはり、実験に付き合わされる未来は確定しているようだ。まぁいい、これはミコの手伝いをしてくれたエメリアへのお礼みたいなものなのだから。


「んじゃ、とりあえずミコ。さっきと同じ要領で呼びかけてみろ」


 俺はあまり楽しくない未来を想像するのはやめておき、ゲートの前に合成した魔法陣を浮かべる。ミコはコクリと頷く。だが、呼びかけの前にガサゴソと鞄を漁り、手提げの包みを取り出した。


(あの包みはなんだろうか?)


 そして謎の包みを両手で差し出すように持ち、息を吸い込むと──。


「ドラゴンさぁーーーん!! クッキー食べませんかぁーーー!? 美味しいですよーーー!!」


「まさかクッキーでドラゴンを釣る気か!?」


 エサで釣る作戦を実行した。そう言われれば包みの中からは、ほのかに甘い匂いが漂っている。もしかしたら、匂いも魔法陣を通過することで増大、防減衰効果があるかも知れない。だが、どうだろうか。二十メートルの生態系頂点捕食者が果たしてクッキーに釣られるかは甚だ疑問が残る。だがエメリアからすれば──。


「案外理に適っているかも知れん。その……、ほら美味そうな匂いだし、それにドラゴンの好物がクッキーである可能性もゼロではない。ゼロでないなら試してみる。大事なことだ。いや、しかし美味いぞこへ」


 これも理に適っているのだと言う。いや、恐らく言いたかっただけだろう。その証拠に大事な召喚道具であるはずのクッキーの包みを開けて、モソモソと食べ始めた。ついでに俺も一枚、と。うん、美味い。


「もう、ドラゴンさんに上げるんだから、全部食べちゃわないで下さいよ? あ、でもアゼル様も一枚どうですか?」


「フフ、ありがとう。ではいただくよ」


 近くで警戒態勢を取り続けていたアゼルもミコからの提案は断ることをせず、一瞬気を抜いて手を伸ばした。そしてパクリ。クッキーを咀嚼しはじめる。その時である──。


「キューーーー!!」


 ──え?


 突然であった。それはゲートの向こうから物凄い速さでパタパタと飛来し、ミコの顔に張り付いたのだ。そして短い首を伸ばし、クッキーを食べようとする。これは、その──。


「ド、ドラゴンさんですか? あ、クッキーどうぞ」


「キュー」


 つぶらな青い瞳、二本の小さな角、白い鱗と皮膜のついた翼、四つ足爬虫類に似た生き物だ。確かに特徴も一致するし、ノートに書かれていたものにも似ている。だが──。


「その、なんか致命的に違くないか?」


 そう、二十メートルだと思っていたドラゴンは、僅か五十センチ・・・・・程であり、獰猛さの欠片もない愛くるしさで、クッキーを美味しそうに頬張っているのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る