第60話 超常生物

「ドラゴンです!!」


 ミコだった。ドラゴン。聞いたことのない生き物だ。


「そのドラゴンってやつは何者だ? エメリアは知っているのか?」


「名前だけはな。それも転生人てんせいびとが残した文献にほんの僅かに出てくるくらいだ」


「転生人……。特異魔点から魂だけがこっちにきて、ってやつか? あんなの迷信か、ただの嘘だろ?」


 転生人という言葉は知っている。前世の記憶がある人々のことだ。特異魔点を魂だけが通過し、赤子に宿るというもの。つまらない男と思われるかも知れないが俺は信じていない。だが、目の前の研究者は──。


「……そうでもないさ。転生人が残した文献には妄想や妄言では説明がつかないほど細部まで凝っており、時には研究の参考にも──と、話が逸れたな。つまり、私は転生人も可能性としてゼロではないと思っている。そして異界の者が口にしたドラゴン。私も名前しか知らなかったが、ミコはその生態を詳しく知っていた」


 可能性をゼロとは言わなかった。そして転生人の間でしか語られていないドラゴン。その生物のことをミコが詳しく知っていたという。ということは──。


「……まさか、ミコが?」


「いえ、ミコは転生人じゃないですよ。えぇと、名前は言えないですけど、ミコの友達に転生人がいて、その子からドラゴンさんのことは聞きました。その友達は嘘をつく人じゃないですから、絶対に絶対に本当です!」


「……なら、本当だな」


 ミコが転生人かと思ったが違うらしい。どうやら転生人が友達にいるようだ。普段の俺ならそんなバカげた話は信じられないと鼻で笑っていただろう。だが、ミコの目は一片の疑いもなくその友人を信じている目だ。俺もそんなミコのことは信じたいと思っている。


「エメリア、これはノートにも?」


「あぁ、ドラゴンの特徴や絵が書いてあったな。体長はまちまちだが、一般的にはおよそ二十メートル前後、鱗を持つ爬虫類型が多いようだ。一対の翼膜のついた翼を持っており、どうやってかは知らんが、推定何十トンという巨体を浮かし、物凄い速さで自由自在に飛び回るということだ。また、古い種族になればなるほど賢く、人語を理解し、魔法も使えるそうだ。そして非常に強靭で生態系の頂点に立つ捕食者だそうだ」


 俺はエメリアの説明を聞き、そのドラゴンなる生物を想像した。だが残念なことに俺の貧しい想像力では像を結ぶことはできなかった。


「……まぁ、とにかくとんでもない生物ってのは分かった。異界ってのは凄いな、そんな生物と共存しているんだから……」


 そして何とはなしに感想を呟く。だが、返ってきたのは予想だにしない言葉であった。


「いや、どうやら異界においても存在はしないようだ」


「は? ……今何て言った? 異界においても存在はしない? じゃあ、今までの話はなんだったんだ?」


 俺は混乱する。それはそうだ。今まで異界にいるトンデモ生物なら次元の狭間に適応できるかも、という話をしていたつもりなのだから。


「ハハハ、そういうことだ。こちらの世界にも、異界にも存在しない超常生物。だがまことしやかに各所で語られている。もしや、そんなバケモノなら次元の狭間に住み着いててもおかしくない、そう思わないか?」


 あまりにオカルトじみた結論に俺は唖然とする。だが、そんな俺を見て、エメリアは笑ったあと──。


「多少頭のネジが外れていないと研究者などやってられんよ。では、ドラゴンとご対面といこうじゃないか」


 真剣な表情でゲート型魔道具を睨んだ。




「まずは次元の狭間にゲートを繋ぐ。これは私がやろう」


 そう言うとエメリアは巨大な魔法陣に魔力を流し、ゲート型魔道具を起動させる。そしてゲートの脇にある水晶に手をかざし、ここにも魔力を流した。


「座標はこれでよし。開くぞ」


 エメリアがそう言うと、魔法陣からバチバチと紫電がはしりはじめる。直後、ぐにゃりと景色が歪み、何もない空間に直径三メートルほどの穴が空いた。


「……不気味だな」


 穴の奥は普通の空間と違うというのが肌で感じ取れた。本能的な恐怖だろう。全身に鳥肌が立つ。


「さて、ミコ出番だ」


 どうやら次元の狭間からドラゴンとやらを呼び出すのはミコに任せるらしい。つまり、この召喚魔法はエメリアだけでなく、ミコと一緒に成功させたい、とそういうことであろう。名声や栄光に興味がなく義理堅いエメリアらしい計らいである。


「はい! ……あの、でも、ドラゴンさん通れるでしょうか……?」


 しかし、肝心のミコは苦笑いで振り返り、そんなことを言う。その言葉に俺とエメリアは顔を見合わせる。そして、ゲートの大きさを再確認し──。


「……確か体長二十メートルだっけ?」


「いや、翼もいれればもっとだろう……」


 間違いなく通れないと悟った。


「で、でも顔だけならこっちに来れそうですよね! ほらお喋りもできるかも知れないですし、そしたらいい案が生まれるかも……」


「「それだ」」


 ひとまず、いるかいないかも分からないドラゴンの体を通すことより、顔だけでも拝みたい。俺とエメリアの気持ちは一つになった。


「よし、改めてミコ、頼んだぞ」


「ミコがんばれ!!」


「はい!」


 仕切り直しをしたところでミコがゲートギリギリまで近づく。そして、思い切り息を吸い込んだ。


「スゥーーー。ドラゴンさぁぁぁん!! お友達になって下さぁぁぁぁぁい!!」


「えぇぇぇぇぇ!?」


 ミコがとった手段に驚き、俺は声を上げてしまう。どうやって呼び出すのかと思ったら、まさか大声で呼びかけるという原始的な方法であったのだ。だが、これに対してもエメリアは不敵に笑って、つらつらと理屈を語る。


「フッ。ミコがふざけていると思うか? 実は案外これは理に適っている。次元の狭間はどれほどの広さでどのような空間になっているかまだ明らかではないし、こんな不思議空間に住んでる超常生物を無理やり捕まえるなど不可能に近い。人語を理解できるというのならば、呼びかけに応じてもらうのが一番手っ取り早いわけだ」


「……まぁ確かにそれはそうだが──」


 チラリとミコを覗く。一心不乱に呼びかけを何度も続けている。だが、ハッキリ言えば──。


「そんな都合よく、声が届いてそれを聞き入れてくれるか、だろ? バカモノ、研究を舐めるな。新しい方法が見つかったからと言って、一日で研究が完成するわけがないだろう。なんでも無理だ、バカだと言う前に試してみる。試してダメだったら、もっとバカなことを試してみるまでだ」


 どうやら俺の考えはお見通しのようだ。そしてエメリアは自虐でも悲観的でもなく平然と今日失敗するということを受け入れていた。恐らく、毎日失敗を繰り返し、それを検証し、また考察し、という実験を繰り返してきたのだろう。そこには研究者としての芯とプライドがみてとれた。

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