第59話 召喚魔法とは

「レオ君、どうしたの?」


「……別にー」


 エメリア様に従って飛空艇を下りたら、ミーナ先生が心配そうに顔を覗き込んでいた。別になんでもない。ただ、おっさんのことを考えると釈然としないってだけだ。


「よし、召喚の間に行くぞ。ついてこい」


 当然エメリア様はそんな俺に構うことなんてなく、全員が下りたのを確認すると、歩きはじめてしまう。


「そう? じゃあ行きましょうか」


「言われなくても行くし」


 別に面倒を見てもらわなくても歩くくらいできる。余計なお節介だ。前を見れば、おっさんはミコとエメリア様と何か喋りながら歩いている。アゼル様はおっさんの監視だから常におっさんの側だし。なんだか俺は除け者にされているみたいだ。だから後ろで歩いているのは俺たち三人。俺の右側にはミーナ先生。で、左には──。


「……ん? なに?」


 いつも右目に眼帯と左手に包帯をつけている謎の女、アマネだ。こいつは何を考えてるかよく分からないし、意味のわからないことを言うし、時々あしらわれてるように感じるから苦手だ。


「フン、別に」


 俺はお前なんかに興味ないというつもりで、そっぽを向く。それからエメリア様が言っていた召喚の間まで俺は結局一言も喋ることはなかった。




「さて、ここだ。私とミコで召喚魔法を執り行う。他の者は下がっていろ」


 着いたみたいだ。そこは部屋じゃなくて、中庭というか、とにかく天井はなかった。壁もない。


「っていうか、外じゃん」


 だから俺は思ったままの感想を言った。外である。そこにはなんかごちゃごちゃした機械や、見たことないくらい大きな魔法陣が設置されていた。


「フフ、そうだね? さ、レオ君、アマネちゃん、危ないから下がってようか」


 やっぱり除け者にされたのは俺たち三人。エメリア様とミコは分かる。でも、なんでおっさんまで向こうにいるんだ? 召喚魔法ってあの魔法史を塗り替えてきたエメリア様がずっと研究して、それでも成功していない魔法だろ。おっさんなんか絶対役に立つわけなんかないのに。ほら、見ろ。やっぱり何か怒られてる。




「ジェイド、お前召喚魔法のことはどこまで理解している」


「あぁ、実を言うとさっぱりだ」


 俺は正直に答える。理解しているかと問われれば、この答えになるだろう。


「はぁ……。シッシッ。なら邪魔だからどこかへ行ってろ」


「まぁ、連れないこと言うなよ。理解なんてできるわけないだろ? 誰も成功させたことのない魔法なんだ。理解はしていない、だが多少の知識はあるってとこだな」


「ふん、小賢しい言い方を。ミコは私が今までに書いた論文や文献に目を通していて、この歳ながらに中々理解しているぞ」


 エメリアの隣に立っているミコはえへへ、と嬉しそうにはにかむ。その姿はどこからどう見てもあどけない普通の少女である。だが、あのエメリアが褒めたのだ。あの変人、奇人、天才のエメリアが、だ。


「ミコはすごいんだな。先生はそんなミコの先生で誇らしいぞ?」


 俺はミコがエメリアに褒められたということを褒める。ミコは素直にありがとうございます、とニコニコ顔だ。素直で実にかわいらしい。皆が皆、ミコみたいに素直でかわいらしければいいのにと思ってしまったのは内緒だ。


「……それで、ここに来たってことはミコのノートから得るものがあったってことだろ? 成功しそうなのか?」

 

 そんなミコのノートを見て、エメリアがわざわざ召喚の間まで来たのだ。施設見学というわけではあるまい。恐らくそのノートから欠けていたピースを見出したのだろう。


「あぁ、そうだ。折角だ、説明しよう。今までの召喚魔法の手順はこうだ。まず、第一段階、このダダリオ山──つまり、特異魔点にゲートを開き、異界とこちらの世界を繋ぐ」


 特異魔点──外魔力の濃度が異常に濃く、時折次元が歪み、神隠しにも遭う場所のことだな。これくらいは知っている。


「次に第二段階、ゲートの位置を調整する。これが難しい。いわゆる生物が存在する場所にゲートが開かなければ召喚などできない」


 確かにそれはそうだろう。異界の広さなんてのは、想像だにできないし、そこから生物が存在する場所にゲートが生まれる確率など偶然に期待するのがバカらしくなる確率だろう。


「で、第三段階だ。運良く生物のいる場所にゲートを開けたら、その生物をこちらに呼び寄せる。だが、これは今のところ不可能だ」

 

 今のところと付けたが、あのエメリアが不可能という言葉を口にするのは珍しい。


「……どういうことだ?」


「このゲートは一見、こちらの世界と異界を直接繋いでいるように見えるのだが、実際には違う。世界の間に次元の狭間みたいなものがあるんだ。それを生物は越えられない。より正確に言うならば越えようとすると…………死ぬ」


(あ、こいつ説明が面倒になったな)


 正確に言うならば、と言いながら恐らく説明を端折ったエメリアを睨む。だが、まぁ理論を聞いても結果越えられずに死ぬというなら、それはそれで分かりやすくて良い。つまり結果だけ言えば──。


「……召喚魔法は無理ってことか?」


「うむ。そう考えていた。だから私は次元の狭間を越える方法の研究に固執していた。だが、ミコは面白いところに目をつけた。ミコ?」


 ここからはお前の手柄だからお前が喋れとばかりに、エメリアがミコにバトンタッチをする。


「はい! だからミコは考えたんです! 次元の狭間に住む生き物なら召喚できるんじゃないかって」


「…………はぁ? いや、だって生物はその次元の狭間を越えようとすると死ぬんだよな」


 ミコから飛び出てきたのは一見矛盾した言葉だった。だが、エメリアは愉快そうに笑う。


「フフ、そうだ。異界の者も、こちらの世界の者も次元の狭間は越えることはできない。次元の狭間に適応できないからだ。だが、次元の狭間に・・・・・・適応した生物・・・・・・がそこにいないとは限らない」


「……なるほどな。でも、普通の生物が適応できない空間に適応するって、それどんな生物なんだ?」


 そしてその問いに答えたのは──。

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