第58話 レオのモヤモヤ

「さて、ダダリオ山までは三十分少々で着く。それまでそうしてるつもりか?」


 エメリアにそう言われ、自分の状況を改めて確認する。


「「…………」」


 アマネとミーナ、二人と目が合った。二人は無言でそっと離れていった。


「クク、着陸のときも揺れるから覚悟しておけ。ではミコ──」


 そしてエメリアは言いたいことだけ言うと、ミコの方を向き、真剣な表情になる。どうやら召喚魔法について喋りはじめたようだ。こうなっては文句の一つも言えなくなる。相変わらずやり方が卑怯だ。


「あー、ジェイド先生? その、さっきはごめんなさい」


「ん? いや、別に気にするな」


 苦々しい顔をしていたら、ミーナから謝られる。恐らく離陸時に抱きついてきたことを謝っているのだろう。それこそエメリアの言葉ではないが、役得なのだから逆に俺が謝りたいくらいだ。だが、ここで謝ったり、礼を言ったりすれば変な空気になるだろう。俺はそっけない態度で流すことにした。


「センセイ、はい」


 そして、反対からも何事かあるらしい。アマネが手のひらをズズイと伸ばしてきた。こちらはなんだか嫌な予感がする。


「……アマネ、なんだこの手は?」


「……使用料」


「……なんのだ?」


「……いたいけな女子学生からそんなことを言わせるつもりなんて、センセイは鬼畜なんですね」


「……もういい。聞いた俺がバカだったよ」


 そんなアマネの言葉にぐったりしてしまったため、それ以上は何も返さず、窓の外を眺める。王都はいつの間にか見えなくなっており、あっという間に平原を通過していく。鬱蒼とした森を越え、美しい湖に差し掛かれば──ダダリオ山が見えてくる。


「着くぞ」


 エメリアは短く一言だけそう言った。だが、近づいて見えてくるダダリオ山の岩肌はゴツゴツしており、このサイズの飛空艇が着陸できるとは到底思えなかった。


「おい、エメリア? そう言えば聞いてなかったが、ちゃんと下りれるのか?」


「ん? 見て分からないのか? こんな岩肌剥き出しのところにディルミシアを下ろすわけないだろう。傷ついたらどうする」


「え? じゃあどうするんだ?」


「決まっているだろう。パラシュートダイブだ」


「…………うそーん」


 驚きの答えが返ってきた。当然飛空艇からパラシュートでダイブする訓練など受けたことないし、むしろパラシュートなど使うのは初めてだ。


「ミ、ミーナ先生は使ったことあるか?」


「あるわけないじゃないですか」


 ミーナも使ったことがないようだ。これはマズイ。だとしたらパラシュートなど不確実なものなど使わず、俺が全員担いで──。いや、そう言えばアゼルはどうだろうか。王国騎士団の訓練には降下訓練的なものがありそうである。


「アゼルは使ったことあるか!?」


「……あるが? だが、そもそもココから降下するとしたらエメリアとディルミシア号はどうするつもりだい?」


 そしてアゼルは逆に疑問を投げかける。その疑問にハッとなる。確かにそれはおかしい。


「クク、あぁ、すまない。言い忘れていた。希望者はパラシュートダイブでも構わないぞ、ということだ。私とディルミシアは専用の着陸基地に下りるが」


「…………」


「なんだ、そんな目をするなよ。他愛無い冗談じゃないか。では、揺れるからしっかり掴まっておけ、よ──」


 そして、エメリアの言葉が終わる前に機体が一瞬浮上し、停滞する。そして急降下。またしても操縦室には阿鼻叫喚の声と、魔女の高笑いが響き渡ることとなった。




 ガクンと最後に衝撃が伝わる。どうやら止まったようだ。


「レオ君は大丈夫──そうだね」


 アゼル様はしがみついている俺のことを心配してくれたみたいだ。でも俺は楽しいって気持ちの方が大きかったから全然怖くなかった。それに憧れのアゼル様にしがみつくなんて経験はきっと誰もができるわけじゃない。帰ったらケルヴィンとキースに話してやろう、あいつら絶対羨ましがるな。


「ハハハ、到着だ。離陸も楽しいが、着陸は尚楽しいな。地面が物凄い勢いで迫り来る絵は、これでしか味わえん。やめられないな。ん? なんだジェイドだらしないな、腰が抜けたのか?」


 そんなことを考えていたら、操縦席からエメリア様が楽しげに笑いながら下りてきた。そして仲が良さそうにおっさんに話しかけている。


「ぬおぉぉ、急に上半身にだけ重力が掛かると腰の骨がイカれそうになるんだ……、いだだだだ」


 いや、現に仲が良いんだろう。おっさんは最初、初めまして、なんて言っていたが、エメリア様が普通に喋れと言った後は、遠慮なしに気安く喋っている。三傑の銀の魔女に、だ。


(何で初めましてなんて、嘘ついたんだ? すげー怪しい)


 そして怪しいと言えば、アゼル様との関係もだ。時々、見つめ合って二人でニコニコしてるし、さっきも様付けじゃなく呼び捨てで呼んでいたし。まるで、アゼル様と友達みたいだ。


(おっさんが? アゼル様と?)


「ん? なんだレオ? あっ、お前また俺のこと情けないと思ったんだろ!? いいか? 先生はおっさんじゃないから腰の一つや二つイカれたって平気ぬゎんっ……」


 おっさんは魔法を解除して歩き出そうとした。その瞬間、ひどい表情と気持ち悪い声を上げてうずくまった。俺はそんなおっさんを見下ろしながら溜め息をつく。


(……ないわ。あり得ないわー。こんなカッコ悪いおっさんがアゼル様と友達であるわけがない)


 そして、こんなカッコ悪いおっさんのことなど放っておき、アゼル様へと振り返る。


「アゼル様! 飛空艇の中ではありがとうございましたっ!」


「気にすることはない。むしろよく鍛えているな。重心の操作も上手いし、バランス感覚が良い」


 その言葉に俺は自分でも分かるくらい顔が輝いたと思う。


「あ、ありがとうございますっ!! 俺、アゼル様に追いつこうと修行頑張ってますから、その、嬉しいです!」


 あー、俺のバカ。テンパって言葉が上手く出てこない。必死に思いを伝えようとするが空回りだ。だが、そんな俺のことを──。


「それは光栄だな。今後も続けていけばきっと僕を追い抜けるさ」


 バカにせず、まっすぐ目を見て応援してくれた。たったそれだけですごくカッコイイ。絶対おっさんにはできないことだ。だけど、アゼル様の言葉には続きがあった。


「──それにレオ君は運が良いな。ジェイド先生に魔法を教わることができるのだから」


「え? でもおっさんはそんな強そうじゃないし、別にかっこよくもないし……」


「おーい、レオ、聞こえてるぞー?」


 後ろから聞こえてくるおっさんの声は無視して、俺は正直な感想を言う。そりゃ魔法の教え方は丁寧で、魔法を使えるようになったのには感謝している。それにわりと喋りやすいし、最初は嫌いだったけど、今は、うん、別に嫌いってほどじゃない。でも──。


「フフ、今はそれでいいさ。だが、いずれジェイド先生で良かったと思う日が来るさ」


「……アゼル様がそう言うなら」


「さて、着陸後の操作が完了した。下りるぞ」


 話の途中だったが、どうやらもう下りるようだ。エメリア様はすごくマイペースだからすぐに従わなければ怒るだろう。俺は、アゼル様がなんでおっさんのことを推すのか聞くことはできず、なんだかモヤモヤしたまま、飛空艇を下りることとなった。

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