第57話 発艇

 魔法を発動させたはいいが、新任教師の俺がいきなり四音節魔法を使ったのだから生徒たちも驚き、違和感を感じ──。


「……おっさん、魔法使えたのか」


「……センセイがまるで魔法師みたい」


「ミコはせんせーが魔法使えるの知ってましたよ!」


 ──るかとも思ったが、どうやら生徒たちからの反応はこんなものらしい。レオとアマネにいたっては、とても魔法科の教師に対する評価ではない。しかし、そう言えば生徒たちに教える魔法は一音節魔法だけだったため、生徒の前で四音節はおろか、他音節魔法を唱えるのが初めてかも知れない。


「……まぁ、多少はな」


 そして俺は、別に賞賛とか尊敬とかされたいと思って唱えたわけではないので、軽く流す。本当だぞ? ……いや、少しだけ、ほんの少しだけ教師として株を上げたかったのもあることは認めよう。


「フフ、私はジェイド先生のすごさを分かってますよ?」


 そんな俺の内心を知ってか知らずか、ミーナだけはフォローしてくれた。レオとアマネは聞こえないフリをしている。ミコは嬉しそうに同意し、拍手までしてくれた。なんだろう、すごく気を遣ってもらっている感がつらい。


「さて、ジェイド先生。お遊びはそこまでだ。早く準備をしろ。動き出してしまうぞ?」


 アゼルにそう言われ、エメリアの方を見ると無表情で魔導機関の回路に続々と魔力を流している。


「まずいな。よし、レオ、アマネ、ミーナ先生、俺かアゼル様に掴まれ!」


 俺は慌ててレオとアマネ、ミーナにそう告げる。当然レオは──。


「あ、あのアゼル様に掴まっててもいいですか!?」


 俺に見向きもせずアゼルに一直線だ。アゼルがもちろんと答えると嬉しそうに右足にしがみついた。


「えと、アマネとミーナ先生は……?」


 全員アゼルの方へ行ったら少しだけ凹んでしまうかも知れない、そう思った俺は恐る恐る二人に尋ねる。


「別に消去法なんだから。か……勘違いしないでよねっ。……どう? 萌えた?」


「ジェイド先生お願いしますね?」


 アマネはなんだか臭い芝居をした後、右足にしがみつく。ミーナは左側に立ち、わき腹あたりにしがみついた。どちらも控え目なのは言うまでもない。


(…………無心。俺は木だ)


 アマネの言葉を無視し、表情を引き締める。ほんの少しの圧力でも密着していることに違いはないのだ。一教師としてココで邪なことを考えてはいけない。俺はできるだけ左右から迫り来る柔らかい感触を無視するよう努めた。俺が意識すれば向こうも意識するだろうし、お互い気まずい思いはしたくないのだから。


「クク、ジェイド役得だな?」


 だが、操縦席からの一言で台無しであった。


「では、発艇はっていだ。お前らチビるなよ?」


 そしてエメリアの表情がキッと真面目なものになる。俺は周囲を見回した。操縦室の魔導機関全てに魔力が行き渡ったようだ。次いでドック全体にアラート音が鳴り響く。


「お、おぉ、すげー……」


 飛空艇の目の前の壁がゴゴゴゴと鈍い音を響かせ、左右に割れるのを見てレオが感嘆の声を上げる。そして滑走路が空へと伸びた。


 飛空艇からは甲高いタービン音が鳴りはじめ、機体がグッと沈む。今にも獲物に飛び掛らんばかりにバネを溜めた魔獣のようだ。


「フラップ可変確認、魔導回路オールグリーン。魔力エンジンタービン全開。エンジン圧力規定値クリア。魔力ブースト全解放。魔導飛空艇ディルミシア──発艇!!」


 タービン音は更に一オクターブ高くなる。そしてエメリアの言葉と同時に機体が一瞬ふわりと浮いた気がする。直後──。


「あばばばばば」


「「キャーーー!!」」


「うおおおお!!」


 馬車に跳ね飛ばされたような凄まじい衝撃、重力を感じる。幸い下半身は固定されていたため、転びはしなかったが上半身は限界まで仰け反る。慌てて腹に力を入れ体勢を立て直した。先ほどまで控えめだったアマネとミーナは叫びながら全力でしがみついてくる。当然俺は動揺しており、楽しむ余裕などない。


 隣から聞こえるのはレオの叫び声。どうやらテンションが振り切れているようだ。


 それから数十秒──。


(……無事、離陸できたのか?)


 窓の外を見れば、王都がコイン程の大きさに変わっていた。そこでようやく機体は安定したようで重力を感じなくなる。


「ハハハ、最近の私の楽しみはもっぱらこれだな。ディルミシアに初めて乗るやつは皆、お前らと同じ反応をするぞ。漏らしてはないだろうな?」


 操縦席から振り返るエメリアの顔はそれはそれは悪い顔だったのは言うまでもないだろう。

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