第56話 操縦経験

「準備ができた。乗り込め」


 それから間もなくして、エメリアが出発の準備が整ったと告げにくる。俺たちは大人しく一箇所に固まって待っていたため、すぐに全員で乗り込む。


「お前らはここに座って、ベルトを締めておけ。離着陸のときはかなり揺れるからな。ミコは私についてこい」


「はい!」


 案内されたのは飛空艇の最上部にある客室。何十人分もの座席が用意されている。ここで座ってベルトをしていれば比較的安全に辿り着けるだろう。だが、その前に聞いておかなければならない──。


「エメリア様? エメリア様たちはどちらへ向かわれ──」


「おい、ジェイド。いい加減にしろ。その気色悪い口調と様付けをやめろ。でなければ降ろす」


 彼女なりに我慢をしてくれていたのだろう。だが、遂にそのコメカミがピクリと引き攣る。俺はどうしたものかと周りをチラリと見るが、ミーナとアゼルは口をつぐんでいた。自分で決めろということであろう。そしてエメリアはこういう時、自分の発言を曲げたり、撤回したりすることはないと俺はよく知っている。


「……あぁ、悪かったよ。で、エメリア? ミコとどこに行くんだ?」


「……ふん、操縦室だ。この船は私が操縦する。なんせまだ試作機だからな。他に操縦できる者がいない」


「なるほど。なら俺も付いていこう。監督責任がある。生徒に何かあった時に傍にいられないのは困る」


 俺は同級生で友人であるジェイドに戻り、そう宣言する。


「別に構わん。好きにしろ」


 エメリアはそんなことは些事だとばかりに言い捨て、くるりと背を向け歩き出そうとする。


「ジェイド先生? なら僕も付いていくことになる。監視対象はジェイド先生だからね」


 その後ろ姿にわざと聞こえるように大袈裟に宣言するアゼル。確かに任務内容を考えれば当然だろう。エメリアは一瞬ピタリと止まったが、すぐに無言で歩きはじめる。付いてきたければ好きにしろということだろう。


「……ん?」


 そんな時、クイッと服の裾が引っ張られる。誰かと思えばレオだ。


「……俺も操縦してるとこ見たい」


 なにやら切羽詰った様子だ。意地より好奇心が勝ったのだろう。俺も昔は少年だったのだから、この気持ちはよく分かる。いや、なんだったら今だって少しばかり操縦室という言葉にワクワクしているのも事実だ。だが、それは認められない。ここで座っていた方が安全なのだ。


「レオ、いいか──」


 そして俺がそれはダメだと口を開こうとした時、レオとは反対側の裾が引っ張られる。


「実は私は何度も飛空艇を動かしたことがある。操縦のコツはシドから教わった。任せて」


「…………ハァ」


 どうやらアマネも見たいらしい。しかもその口ぶりは、なんだったら操縦までしたいと言っているではないか。しかし、ここは世界でもトップレベルの研究機関。そしてかの天才エメリア=オルガが初めて飛空艇を作ったと言ったのであれば、この世界に他の飛空艇など存在しない。


(動かしたことがあるって……。嘘をつくにしても、もう少しマシな嘘にしろよ……。それにシドって誰だ? パイロットに知り合いなどいないが、そんな人物が本当に──って、そんなことはどっちでもいい)


 ついアマネと話すと思考が脱線しがちになるので気を引き締めなければいけない。頭を二度、三度振り、思考を切り替えてから、俺は好奇心でついてこようとする二人を諌めようとゆっくりとした口調で諭しはじめた。


「先生は別に操縦しているところを見たくて言ってるわけじゃないんだ。エメリアは天才だが、万が一不測の事態が起こることだってある。そのときにここで座って待ってました、でミコに何かあったら困るから──」


「では、この客室でも巻き込む何かがあったらどうするつもりです?」


「は? ミーナ先生?」


「不測の事態があったらみんなを守ってくれるんですよね? なら一緒にいた方が安全です。というわけでみんなで行っちゃいましょう? それにほら」


 そこでミーナから予想外の言葉とともに視線が投げられる。確かに離れた場所にいるよりは一箇所にいた方が守りやすいはやすいが──。


「せんせー、置いてっちゃうよー?」


 だが、どうやら考える時間はないらしい。ミーナの視線の先にはミコ。既にエメリアの背中は見なくなっており、ミコが中継して追ってくれている状況だ。


「えぇい、もう知らん。行くぞ行くぞ」


 そして結局、俺たちは全員で操縦室にお邪魔することになったのであった。




「またゾロゾロときたな。まぁいい、出発するぞ」


 一度だけ後ろを振り向いて、俺たち全員を視界に収めたエメリアはチクリとそんなことを言う。その後は操縦桿らしきものの上に手を置く。らしきものと思った理由は、それがとても操縦に使えるとは思えないからだ。それは大きな水晶球体。エメリアが手をかざすと中の魔力回路に魔力が通ったことが見える。


 ちなみに俺たちはそれを立って見ていた。なぜならば操縦室には椅子が二つしかない。すなわち正操縦士用と副操縦士用である。当然エメリアは正操縦士用。ミコが副操縦士用の椅子に座った。あとは立ちである。しかも操縦室は狭い。


「周りの魔導機関には触れるなよ。それと転がられると迷惑だからジェイドとアゼルに掴まっておけ」


 どうやら座って壁に背を預けることすら許されないようだ。


 俺とアゼルは苦笑しながら顔を見合わせると、少し離れ、足を肩幅に開く。そしてピタリと地面に根を張るように立つと、示し合わしたかのようなタイミングで同時に魔言を唱えた。


──レグド。


 俺とアゼルの腰から下がぼわっと魔力の光に包まれる。


──グランダル。


 床に両足を包むほどの魔法陣が生まれた。


──リテクト。


 下半身を包んだ魔力の光が魔法陣に光を灯す。


──ソリュード。


 そして、魔法が完成する。俺とアゼルの下半身と床は絶え間なく魔力が循環され、固定作用を持つようになった。これでどんな揺れがきても耐えられる。そして魔法を解除すれば即座に動けることが可能なため、不測の事態が起きても大丈夫だろう。

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