第55話 銀の魔女

「こちらの少女です」


 俺は体をずらし、すぐ後ろにいるミコを紹介した。エメリア──銀の魔女と呼ばれる所以ゆえんとなった長い銀髪をなびかせ、小さな少女を値踏みするように眺めている。女性としては身長が高く、美しいのだが、それゆえ初対面の人にとっては威圧的に見えてしまうかも知れない。


「初めまして、エメリア様。私はミコと申します。召喚魔法の権威であるエメリア様に会えて光栄です。よろしくお願いします」


 しかしミコはそんな視線に物怖じせず、堂々と挨拶ができた。偉い。つい頭を撫でたくなるが、この年頃の女子の頭を撫でるのはよくないと学んだばかりだ。グッとこらえる。


「フ。権威か……。いまだ召喚魔法を満足に成功させたこともないのだから、ただの無能な一研究者だ」


「そんな無能なんて──」


「いや、そんなお世辞やおべっかなどどうでもいい。時間の無駄だ。それで、ジェイド? 私の時間を使おうとするんだ。私にとって益はあるんだろうな?」


 ミコが慌てて無能という言葉を否定しようとするが、エメリアはそんな挨拶や世辞に興味などないとバッサリと話を切り捨ててしまう。そして俺に尋ねる。この少女は召喚魔法の研究に役立つのかと。当然答えは──。


「いや……、多分……、熱心ですし……」


 多分、が答えだ。ミコのためになるなら、という一心で起こした行動だ。ぶっちゃけてしまえばエメリアに対して有益かどうかなど一切考えていない。


(あ、いや、成功すれば有益か)


 と、思ったが軽々しくそんなことを言ったら怒られるのは火を見るより明らかなので口をつぐむ。しかし、ここでもミコは俺の予想を飛び出し──。


「これ、召喚魔法に対する私の考察をまとめたものです」


「……見せてもらおう」


 鞄から一冊のノートを取り出し、自分の価値を訴えた。チラリと覗けば大きな鞄には他にも幾冊ものノートが入っており、古いものから新しいものまで様々だ。しかし、どれも外から見るだけで分かってしまう。彼女が本気である、ということが。


「…………」


 エメリアは無言でパラパラとノートをめくる。その目や表情はまったく変わらない。傍から見れば何を考えているか、さっぱり分からない。


 そうやって、しばらく読んでいると不意にパタッとノートを閉じる。そして──。


「支度しろ」


「は?」


 エメリアから発せられた予想外の言葉に、つい演技を忘れ、素の声が漏れてしまう。支度しろ、とはどういうことであろうか。周りの皆も何のことだという顔だ。


「はい! ありがとうございます」


 だが、ミコだけはすぐに反応した。今のがなぜ初対面なのに理解できるのか謎である。なので俺は尋ねた。


「ミコ? 何の支度をするか分かったのか?」


「もちろんです! 召喚魔法を使おうとするなら移動しなきゃいけませんから──」


「ダダリオ山にな。常識だろう?」


 だ、そうだ。なにやら珍しくエメリアが上機嫌に見える。


 しかしそれはさておき、ダダリオ山となればそれなりに遠く、標高も高い。ここから馬車や徒歩で向かうとなれば到底夜までに間に合わない。一泊二日の行程で考えてあるが、それでもダダリオ山は──。


「遠すぎませんか? その、馬車では──」


「ん? そんなもの使うわけないだろう。ここをどこだと思ってる王立魔法研究所だぞ? 最新の魔導飛空艇を使う。こっちだ。ミコ、詳しい話は中でするぞ」


「はい!」


 ミコはやはりと言うか、その提案をすんなり受け入れ、エメリアの後ろをちょこちょことついていく。ものすごい順応力である。旧知の仲の俺はと言えば、唖然としてしまい、固まってしまう。隣を見ればアゼルがいつものことだろうとばかりに苦笑し、肩をすくめる。確かに天才はいつでも思い立ったら即実行、検証、考察、実行、検証であった。


「せんせーたちも早くー!」


 振り返らないエメリアの代わりにミコが手を振って催促する。ひとまず言いたいことは飲み込み、俺たちはその小さな背中をめがけて駆け足になるのであった。




「魔導飛空艇か……。何度か乗ったことがあるが、これは他のとは随分フォルムが違うな」


 エメリアが向かった先は、飛空艇のドッグであった。そこには以前に乗ったものと同じようなものもあるが、俺たちが乗るのは他のと比べて明らかに違う。なんというかスタイリッシュでカッコイイ。


「あぁ、今までの主流は魔導飛行船・・・だったからな。これは魔導飛空艇・・・だ。構造や動作出力機構などが全く別物となっているのだが、そんなことをお前に講義している時間などない。前のより速くて、カッコよい、以上だ」


「……ありがとうございます」


 レオと一緒にマジマジと飛空艇を見上げて呟いていたら、こちらを一瞥したエメリアがサラリとそう説明してくれる。そしてそそくさと研究所の職員と飛空艇の準備へと向かってしまった。


「レオ、魔導飛空艇カッコいいな」


「おう、おっさん、これはカッコいいな、欲しいぜ」


 なので俺は隣のレオに感想を漏らす。どうやらレオも同じ感想みたいだ。そして二十九歳と十三歳が同じレベルで感想を言い合っているのをミーナが後ろから見ていて、苦笑していたなんて俺は知る由もなかった。

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