第54話 影丼

 そして料理が次々と運ばれてくる。


 銀の魔女プレート。銀製の皿にサラダとコメと薄くスライスして炙られた何かしらの肉が乗っている。女性に人気がありそうな感じだ。


 次に蒼の氷双ステーキ。こちらはベヒーモスをかたどった鉄板の上に肉厚なステーキがどどーんと乗っている。申し訳程度に野菜も添えられているが、男性が好みそうなメニューである。ちなみにどこらへんが氷双かと言うと──。


(なんでナイフが二本? え、そゆこと?)


 アゼルの双剣をしたナイフが二本ついてきたのだ。普通、ステーキはナイフとフォークで食べる。だが氷双ステーキはナイフ二本で食べろと言わんばかりだ。しかし非常に食べづらいはずなのに、周りの客もレオも目をキラキラ輝かせていた。当然アゼルの顔は引き攣っていた。


 そして最後に──。


「こ、これが黒の影丼……。本当に真っ黒だな……」


 料理は見た目も重要だということがよく分かる。はっきり言って不味そうである。


 これで全員の前に料理が並んだ。ひとまず食事を始めようと、手を合わせ礼をする。


──いただきます。


 偶然にも目の前の者同士が同じメニューを食べている。ナイフを二本使いあくせくしながらも笑顔で肉を頬張るレオ。アゼルはナイフ二本でも器用に食事を進め、流石は双剣使いというナイフ捌きだ。


 ミコとミーナは箸を使い、この野菜美味しいね、お肉も柔らかいね、なんて平和そうに食事を楽しんでいる。


 では我々はどうだろうか。


「……アマネ食べないのか?」


 アマネの箸はまったく動く気配がない。


「……今、解析中。ナノボットで遺伝子情報を取得。スキャン中。どうやらエラー。この料理に使われている素材は不明」


 何を言っているのかさっぱり分からない。俺からすれば、単に上から横から眺めているだけに見える。


「匂いはどうだ?」


「……おかしな匂いはしない」


「だよなぁ」


 黒の影丼からは危険な匂いは感じない。いや、むしろ香ばしく美味しそうな匂いがほんのり漂っている気もする。だが、分からない。見た目のインパクトが強すぎて自分の嗅覚を信じることができなくなっている。


「いつまでそうやってるつもりですか? 時間がないんですよね? ほら、もう覚悟を決めてジェイド先生から食べて下さい」


 そうやって二人して唸っていると、ミーナからそんな言葉が掛かる。できればアマネが食べた後が良かった。しかし、確かに教師として生徒の身を守るため毒味をするのは当然だろう。


(黒の影丼……俺ってばなんでこんな不遇なんだ……)


 自分で思っておきながら、毒味はちょっと言葉が過ぎたと悲しくなる。そして悲しい気持ちのまま黒の影丼に箸を伸ばした。


「肉……っぽいか? いやだが肉の周りに何かいるな……」


(なんだ、なんなんだ、この肉の周りを包んでいるふにゅんとした黒い物体は?)


「センセイ……早く」


「……あぁ、分かってる。いくぞ」


 どうやら口に入れなければ真相は分からなそうなため、覚悟を決めて口へ運ぶ。そして──閉じた。


「んむんむ、んむんむ、んむ──」


「センセイ意識はある? 即効性? 遅効性?」


 だから毒ではない。いや、むしろこれは──。


「……いや、美味いな。なんだこれ」


「え? 嘘。騙されない。このくらいの年齢の少女であれば簡単に騙せると大人は思っている。だけどそれは間違い。私は思慮深き魔の王。見た目に騙されるなんて愚かね。その視線の揺れ、呼吸、筋の緊張から嘘を見破ることなどたや──」


「いや、食ってみって。ほら──うん、美味い」


 気が動転しているアマネの前で二度、三度黒の影丼を口へ運ぶ。


「……ホント?」


 その問いに俺は食べながら頷く。それを見てアマネは決心したようで、プルプル震えながら箸を持ち上げ、ゆっくりと口元へ運ぶ。


「ハァ……ハァ……」


 浅く呼吸を繰り返すピンク色の薄い唇がゆっくりと開き──。


「そこだ、アマネ、頑張れっ!」


 パクリ。食べた。


「……んぐ、んぐ」


「どうだ?」


「……美味しい」


「だろ? この甘じょっぱい黒いうにょうにょと柔らかい……肉、だろうか? まぁとにかくそれがコメとバッチリ合うな」


「うん……久しぶりに食べた。これカツ丼に似てる。真っ黒いカツ丼……。あとセンセイは食レポのセンスない」


「ん? なんだカツ丼って? 食レポ? お前は本当に何を言って──」


 と、言ってる最中なのにアマネは黒の影丼に夢中でもう俺の話しなど聞いていない。


「はぁ……。まぁ確かにこりゃ美味いわ」


 こうして奇跡的に当たりを引けた俺は満足げに昼食を終え、ようやく目的地である研究所へと向かうのであった。


 


「さて、ここだな」


 何度か訪れたことがあるため、間違うこともない。看板にも王立魔法研究所と書かれている。


「うわー、おっきい」


 ミコが建物を見渡してそんな感想を漏らす。確かに初めてきた時はその広さに驚いたものだ。


「よし、ミコいくぞ」


「うんっ」


 そして遂にミコが召喚魔法を使えるようになるための課外授業が始まるのだ。俺とミコは目の前の大きな鉄格子の門を開け、巨大な建物へと入っていく。


「すみませーん。エルム学院の魔法科の者ですが、所長のエメリア様に会いたいんですが?」


「あ、はい。面会の予約はされてますか?」


「えぇ、はい、これが来訪証です」


「はい、少々お待ち下さい。あっ、所長」


 受付でお姉さんと喋っていたら、奥からエメリアが出てきた。ここでエメリアと知り合いだとバレるとアゼルとの関係も明るみになってしまい、めんどくさいことになりそうだ。一度嘘をつくとその嘘を隠し通すために七つ嘘をつかなければならないとはよく言ったものである。


(レオは一個の嘘をついたけど、すぐ謝って偉いなぁー。俺なんて、これだもんなー)


 と、思いながらもアゼルに目配せをする。コクリと頷いた。


「あぁ、久しぶりだな。ジェ──」


「あぁ、久しぶりだね。エメリア。僕がこの者たちの監視の任を受けている。さて、紹介しよう。こちらエルム学院の魔法科の先生であるジェイド先生とミーナ先生だ」


「初めまして、エメリア様。エルム学院で魔法科の教師をしているジェイドと申します。本日はお忙しい中、お時間をとって頂きありがとうございます」


「初めまして、エメリア様。同じくエルム学院、魔法科教師のミーナです。よろしくお願いします」


 気持ちよ届けと願いながら丁寧に挨拶し、頭を下げた。ミーナは事情を知っているだろうに表情を崩さずこの茶番に付き合ってくれている。だが、エメリアは──。


「はぁ? 何を言ってるんだ? 気でも触れたかジェイド? まぁいい、それで召喚魔法を使いたい少女がいるって? どっちだ」


 俺の気持ちなど全く汲んでくれなかった。だが、どうでもいいらしい。なら、まぁいっかとも思ってしまう。というわけで早速ミコを紹介する流れにして誤魔化してしまおう。

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