第53話 三傑フェア
「こちらの席でよろしいでしょ……う、か、う、え!?」
ウェイトレスさんは俺たちを広めのボックス席に案内したところで絶句した。その視線は──。
「なんだろうか?」
「ア……ア……アゼル様、でしょうか?」
「そうだが?」
「はぅぅ、その、ファンです……。あの、えと、その握手を──」
「すまない、今は公務中なんだ。それに君も仕事中だろ? 怒られてしまわないかな?」
アゼルは慣れた様子で断る。何やら周りの客もざわつきはじめている。ここでピシャリと断らなければ次々に握手を求められてしまうのかも知れない。
(にしてもエラい人気だな……。同じ三傑でも俺とか誰も気付かないのに……)
視線はアゼルにだけ集中して──、いや途中から男性の幾人かはミーナに熱い視線を向けていた。だが、当のミーナは澄ました顔で気にしていないようだ。そしてやはり俺を見ている者など誰もいない。
「はうっ、すみませんでした……。では、改めまして、こちらでよろしいでしょうか?」
ようやくウェイトレスさんが再起動して尋ねてきたので、俺はここでいいです、と返す。なぜか睨まれた。恐らくアゼルと喋りたかったんだろう。実にめんどくさいウェイトレスさんである。
そして、俺たち六人はボックス席へと座った。並び順はこうだ。俺、ミーナ、アゼル。対面にアマネ、ミコ、レオである。そこでウェイトレスさんの顔がほころぶ。
「あの、こちらメニューです! あと、今日からコラボフェアをやっていまして、こちらにある三傑コラボ料理もよろしければお願いします!」
「あぁ、ありがとう」
ウェイトレスは顔を赤くして早口でそう説明すると、メニューをアゼルに渡す。座った場所的にアゼルとやり取りすることになったため嬉しかったのだろう。
(というか、三傑フェアってなんだ?)
しかし、そんなアゼルとウェイトレスのやり取りになど興味はない。気になるのは三傑フェアという単語だ。
「アゼル様、三傑フェアメニューを貸してもらえますか? ──ありがとうございます」
手渡されたメニューを見てみる。デカデカと三種類の料理だけが載っている。隣に座っているミーナも気になるようで覗き込んでくる。見やすいように少しだけそちらに寄せた。
「なになに、蒼の氷双ステーキ……、銀の魔女プレート……、黒の影丼……。黒の影丼……?」
「プッ。コホッ、コホッ、すみません、失礼しました」
ミーナが吹き出した。慌てて咳で誤魔化そうとするが、そんなことで誤魔化せるわけがない。ミーナは俺が三傑であることも知っているし、当然どの二つ名かも分かるだろう。そう黒の影というのが俺の二つ名である。
(ハハ、だがまさかその黒の影が王都追放されてるとは思わないよなぁ)
そう、黒の影は名前も素性もあまり知られていない。というか観衆の興味にない。その結果が、この黒の影丼なんだろう。
「俺、きーめたっ! アゼル様は決まりましたか?」
複雑な気持ちでメニューを眺めているとレオがまず最初に決まったようだ。メニュー名は聞かなくても簡単に予想はついた。
「……あぁ、レオ君と同じものにしよう」
そしてレオのキラキラした視線に負けアゼルも蒼の氷双ステーキを食べるようだ。最高の思い出になったな? レオ。
「ミコは銀の魔女プレートにしてみます!」
「じゃあ私も同じものにしようかな」
ミコとミーナはどうやら銀の魔女プレートにするようだ。これで決まっていないのは俺とアマネだけ。
「アマネはなんにするんだ?」
「黒の影丼」
「え……? マジか?」
「ネーミングセンスといい、見た目といい、私にピッタリ」
「えぇー……、真っ黒い器に真っ黒いコメと真っ黒いナニカが乗ってるんだぞ? 怖くないのか? てか、これ何が乗ってるんだよ……」
先ほどから自分の二つ名を冠する料理を眺めているのだが、一向にどんな料理なのか分からない。当然味も予想できない。アマネは勇気があるな、と感心したものである。
「じゃあ、センセイは?」
「俺か……、うぅーん、やっぱ男なら肉だろ。ってわけで蒼の氷双ステーキだな。店員さーん」
全員分が決まったので、ウェイトレスさんを呼ぶ。店内のウェイトレスさんが一斉にこちらを向いた。怖い。どうやらこのテーブルのメニューを聞くのに躍起になっているみたいだ。そして、暗黙の戦いを制したらしいウェイトレスさんが来てくれる。
「お待たせしましたっ」
視線はアゼル一直線である。どうやら注文はアゼルから聞きたいらしい。なのでアゼルに任せる。
「この黒の影丼を一つ」
「え?」
「ん? なにか?」
「い、いえ、はい、黒の影丼一つですね……」
ウェイトレスさんはなぜか戸惑っていた。まるで本当に頼むんですか、と言わんばかりだ。
(そんなに人気がないのか……)
そして俺は軽く落ち込んだ。それを見たミーナが机の下でそっと太ももをポンポンしてくれた。なんだかいたたまれない気持ちになった。
「あと、銀の魔女プレートを二つ」
「はい、銀の魔女プレート二つですね、はい」
これは普通に注文が通る。そしてここから次の注文は分かっていますよ、とばかりにウェイトレスさんがニッコニコになる。半面、アゼルは苦笑いだ。そして遂に自分の名を冠するメニューを頼むときがきた。周りのお客さんも箸を休めて、注目している。
「……蒼の氷双ステーキを三つ」
「はいっ、蒼の氷双ステーキ三つ入りまぁーすっ!!」
ウェイトレスさんは高らかにそう宣言した。なぜか店内からは拍手が起きた。しかし、その直後コック帽を被った青年が血相を変えて走ってきた。そして今しがた注文を聞いていたウェイトレスに耳打ちをする。
(なんだろうか……?)
俺をはじめ、皆が不思議そうに様子を窺っているとウェイトレスは青ざめていき──。
「た、た、大変申し訳ありません……。蒼の氷双ステーキは大変人気でして、あと二つしか提供できないようです」
その言葉にレオが困惑する。アゼルはどうしたものか迷っている。俺は大して動じない。当然メニューを取り下げるなら俺だろう。
「あー、じゃあ蒼の氷双ステーキは二つで、俺は別のにするよ」
「おっさん、いいのか!?」
「ん? あぁ別にどうしてもそれが食べたいわけじゃないからなー。んじゃ俺は──」
と、メニューを開こうとしたら、なぜか無言でアマネが三傑フェアメニューを掲げ、黒の影丼を指さしてくる。これを食え、ということなのだろうか。だが、自分の二つ名が入った料理など絶対に御免である。俺は通常のメニューにある肉料理を指さし──。
「この──」
「黒の影丼を二つにして下さい」
「…………アマネ?」
「魔の深淵を覗く時、深淵もまた私を覗いているのだ」
「いや、意味分からんが? え、まさか……怖くなったのか?」
コクリ。アマネが首を一つ振る。どうやら黒の影丼を頼んだはいいが、ウェイトレスさんの反応にビビってしまったようだ。まぁ、これもアマネという生徒と近づくための一歩だと思えば悪くない気もする。
なので、俺は仕方なくメニューを下げ、改めて黒の影丼と頼んだ。ウェイトレスさんはやはり引き気味であった。
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