第52話 レオの懺悔

「レオ? どうかしたのか?」


「……別に何でも」


 嘘だ。馬車に乗っている時は王都を物珍しそうにキョロキョロ見ていたのに、先ほどからは俺のことをチラチラ見るばかりだ。それにいつもの勢いもない。


(ふむ、だが、まぁいいか)


 しかし、本人が何でもないと言うのだから無理に追求することもあるまい。俺は努めて気にすることなく歩く。


──歩く。そしてそろそろ生徒たちも入りやすい食堂に到着するという辺りでレオが俺の服の裾を引っ張った。


「ん? なんだ?」


「……その、ありがと。アゼル様と話せたのはおっさんのおかげだから。あと、嘘ついてごめん」


 どうやらこの一言をずっと言いたかったようだ。だが、嘘をついたことに関しては覚えがない。


「あぁ、良かったじゃないか。ずっと会いたかったんだもんな。それと、嘘? 嘘なんかついたか?」


「……カロス村。俺の本当の出身はカロス村……だから」


 なるほど。確かに自己紹介の時にレオはエルム出身と言っていた。どうやらそれに対して後ろめたさがあったようだ。


「カロス村、か。仕方ないさ。あの悲劇は決して良い思い出にはならないからな。俺は気にしてないぞ? だが嘘を告白し、謝ってくれたことはとても嬉しい。あぁ、それはとても嬉しいことだな」


 俺は大きく頷く。そしてついつい正直で真面目なレオに嬉しくなり、アゼルの真似をして頭を撫でてしまう。そんなことをすれば当然レオは──。


「うっ、こ、子供扱いすんなよ!」


 怒るだろう。だが、手は払いのけようとしない。どうやら文句は言いつつも甘んじて受け入れてくれるみたいだ。これもアゼル様効果と言えよう。


「ハッハッハ、アゼル様のときは嫌がらなかったじゃないか」


「うっせー! おっさんとアゼル様を一緒にすんな!」


 そしていつもの威勢が戻り、俺の手から逃げるように離れていってしまう。普通の監視であればこれだけ騒げば注意の一つ──どころか拳が飛んできてもおかしくないのだが、アゼルはそれをやれやれと言った様子で眺め、苦笑を浮かべるばかりだ。


(……んで、こいつらは何を話してるんだ?)


 そして先ほどから後ろでは、アマネとミコが何やら話しをしているのだ。


「……センセイが左、レオが右も、あり、か」


「んー? アマネちゃん何か言った?」


「ううん、なんでもない。もし今私が喋ったとしたら、それは私であって私でない。そう、大いなる意思の集合体──フジョーシからの神託オラクル


「フジョーシ? なにそれ?」


「ミコは知らなくていい。あなたにはこっちの世界は早すぎる。私はあなたより少しだけ生まれるのが早すぎただけだから」


「? うん、分かった……」


 どういう会話だろうか。ただでさえレオに意識を集中させていて、片耳で聞いていたのだから理解が追いつかない。まぁちゃんと聞いていたとしても追いつかないのだろうが。

 

「あの、ジェイド先生? ちゃんと場所は分かってます?」


 そして生徒たちが何を思っているかに考えを巡らせて歩いているとミーナから声が掛かる。十五分程歩いただけでシビレを切らすとは我慢が足りない。


「ハハハ、ミーナ先生、見くびってもらっては困りますぞ。しかし良いタイミングですな。ほら、丁度あちら──ヒッ!!」


 俺が某貴族風に喋るとミーナはとてもいい笑顔になっていた。その研ぎ澄まされた怒気とも闘気ともあるいは殺気とも呼べるものは、あのアゼルに一瞬臨戦態勢を取らせるほどだ。


「…………?」


 アゼルはその気の持ち主がミーナであるなど思いもしないのだろう。周囲を二度、三度見渡し、異常がないのを確認して、不思議そうに首を傾げた後、緊張を緩めた。その後ろでアマネは袖を噛みながら顔を真っ赤にしている。自分の生徒を笑わせるというのは実にクセになりそうだ。だが、このネタは命がいくつあっても足りないだろう。暫く封印することとする。


「コホンっ。というわけで、ここが誰でもレストランことウィンダム・マルシェだ!」


「おぉ~」


 気を取り直し、両手を大きく広げながら店を紹介する。ミコは大袈裟に喜び、拍手までしてくれる。他のメンバーはいたって無感動である。


「じゃ、入ります……」


 少しだけしょんぼりしながら扉を開ける。中にはメイド服のような制服を着たウェイトレスがたくさんおり、広い店内には老若男女様々な客が食事を楽しんでいた。ここは誰でもレストランと呼ばれるくらい、色々な人が楽しめるように多彩なメニューのある店なのだ。


「何名様でしょうか?」


「六名です」


「畏まりました。こちらへどうぞ」


 なんて知ったかぶりをしているが、実は一度しか来たことはない。なぜかって? 店内の雰囲気が明るすぎるのだ。なんとなく落ち着かない。分かってもらえるだろうか。


「へー、意外ですね。ジェイド先生はあまりこういうお店は来ないものと思っていました」


 そしてズバリ幼馴染には見抜かれていた。正解です。一度しか来たことありません。


「監視という任務上、食事の席にも同席させてもらう。何も食べずに監視されていては気が休まらないだろう。僕も頼むとしよう」


 どうやらアゼルも一緒に食事をするようだ。お互い宮廷ではすれ違うことはあったが、食事を取るというのはいつ振りであろう。そんなことを考えている時だ──。


「刺身……」


 アゼルがボソッと呟く。他の者は急になんだという顔をしているが、俺は合点がいく。


(そうだ、そうだ。刺身とか言う魚を焼かず、煮ず、干さず、生で切り身にして食べるというチャレンジ料理を食べに行ったんだっけな。お互いお腹壊して、もう二度と行かないって誓ったんだった)


「……ジェイド先生? どうしたんですか? その、急に?」


「へ?」


 ミーナが心配そうに顔を覗き込んでくる。そして頬の辺りを指されたので、自分の頬をペタペタと触ってみる。


 どうやら知らない内にニヤけていたようだ。そりゃいきなりニヤケ始めたら心配にもなるな。一方のアゼルはと言うと、小さく口角を上げ、鼻を鳴らしている。それはまるでバカだなと言っているようだったが、怒る気になれないのはどうしてだろうか。

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