第51話 憧憬
「……
魔法局員の一人がアゼルを見て、ポツリと呟く。蒼の氷双──アゼルの二つ名である。俺たち三傑は個別にも二つ名が存在する。何を隠そう俺にも──。
(って、そんなことはどうでもよくて、なんでアゼルが?)
目の前の事態に困惑している間にもアゼルは魔法局員たちの方へ自然な歩みで近寄っていき、書状を渡した。
「……ダーヴィツ侯の署名もある、だと」
「おい、どうする……」
「いや、でも、ここで退いては俺たちも……」
そして連中は青ざめた顔でなにやら相談を始める。恐らくダーヴィッツさんを排斥しようとしている一派なのだろう。だが、アゼルは有無を言わせなかった。
「おい?」
涼やかな目を細め、冷ややかな声で喋りかける。アゼルの周囲の空気だけが急速に冷え切っていくようだ。
「まさか王の判が見えないのか? であればそんな眼球に意味などないな。脳まで貫かれたくなければ動くんじゃないぞ?」
「ヒッ! 見えます! 見えます! 確かに正式な書状と確認しました! 我々は撤退いたします! おい、お前ら行くぞ!」
「ヒッ、お、おう!」
どうやらあの書状は王判まで捺印されているようだ。そしてアゼルの両手が双剣の柄にかかる寸前で連中は早口でそうまくし立てると、脱兎の如く逃げていった。
「さて、行ったか。久しぶりだなジェイ──」
「アゼル様じゃないですか! まさかアゼル様とお会いできるなんて光栄です! 握手してもらってもいいですか!?」
そして緊張を緩めたアゼルがこちらを振り向き、再会の挨拶をしようとするところを俺はシャットアウト。レオにとってアゼルは崇拝に近いヒーローだ。そのヒーローと俺が友人だったと知ればどう感情が転ぶか分からない。ここは初対面を貫くべきだ。
「? お前は何を言って──、おい、気色悪いから手を離せ」
「これは失礼しました!」
そしてチラリとレオの方を見る──。
(あれ? いない?)
アゼルの手を握ったままキョロキョロと辺りを見渡す。ミーナいる。アマネいる。ミコいる。レオは……やはりいない。
「レオはどこに行ったんだ……」
「あそこ」
俺の独白に答えたのはアマネであった。無表情で指をさす。いた。門の影に隠れている。魔法局の連中がそんなに怖かったのだろうか──そんなことを思うが、これは好都合だ。
アゼルを皆から少し離れたところまで引っ張っていき、小声で事情を説明する。
「おい、アゼル聞け。あの門に隠れている赤髪の子がいるだろ。あいつはお前の超ファンだ。で、反面俺のことはただのおっさん扱いをしている。つまり、超ファンと超おっさんが仲良くしてたら複雑だろ。だから初対面という体でいく。いいな?」
「……フ、なるほどな。いやしかし本当に教師をしているんだな。ダーヴィッツ先生からお前のことを聞いたときは半信半疑だったが……。いいだろう、合わせるよジェイド
昔から器用で人付き合いも上手ければ、貴族特有の化かし合いも得意。心の機微に聡いアゼルは今の説明である程度理解できたようだ。流石ミスターパーフェクトである。俺は一安心し、ホッと息をつく。
「で? 分かったからいい加減手を離して欲しいんだが?」
「おっと、すまん」
そして苦笑しているアゼルから離れ、わざとらしくレオを呼びにいく。
「おーい、レオー、どうしたんだー? お前の憧れのアゼル様だぞー? もう魔法局の連中はいないから出てきても平気だぞー?」
「わわわわ分かってるよ!! で、でも本物のアゼル様と本当に会えるなんて思ってなかったから、俺、俺、おっさんどうしよう!?」
なにやらテンパっていた。そして隠れていたのは魔法局の連中からではなく、憧れのアゼル様からだったみたいだ。
「いや、別に普通でいいだろ。ほれ行くぞ」
学生時代からこうだ。アゼルを前にすると緊張する者がとにかく多かった。それは男女問わず、だ。友達になりたいとか恋人になりたいからあいだを取り持ってほしいとよく依頼されたのを思い出す。
(懐かしいなぁー。まぁアゼルとエメリアは学生時代から目立ってたからなぁ)
そんなことを懐かしみながらレオをひきずっていく。イヤだ、離せとか聞こえるが無視だ。こちとら遊んでる時間はない。この課外授業の目的はレオをアゼルに会わせることではない。ミコが召喚魔法を使えるようになることなのだから。
「アゼル様、少々よろしいでしょうか?」
だが、ひとまず憧れのアゼル様との挨拶は必要だろう。俺はアゼルの目の前にレオを連れていき、両肩を押さえて
「なんだ?」
「こちらの者がアゼル様に憧れておりまして、挨拶をしたい、と」
「いいだろう。少年、名はなんと言う」
少し芝居がかった様子で俺とアゼルはそんなやり取りをする。幸いレオは自分のことに精一杯のようで、そんなことを気にする余裕はないみたいだ。
「レ、レ、レオです!! アゼル様は俺と俺の家族の命を救ってくれた大恩人で、ずっと憧れてました!!」
「「?」」
初耳だ。俺とアゼルは一瞬顔を見合わせる。
「レオ君、すまない。それはいつ頃だろうか?」
「えと、俺がまだ六歳だったんで、七年前です……。場所は……その、カロス村です……」
レオは少しだけ言いにくそうに答えた。七年前──カロス村──これでピンときた。アゼルを見れば同じように得心がいったようだ。
「なるほど、あの時の──。村を守れなくてすまなかった」
そしてアゼルが謝り、頭を下げる。
「いえ! アゼル様がいたおかげで村の人の命が大勢救われたって! だから、村はなくなったけど、みんなすごく助かったって! 大恩人だって! あの、お、俺もアゼル様みたいに強くなって、みんなを守れるようになりたいんです!!」
レオは拳をギュッと握り、真剣な目でそう訴えていた。そんなレオに対しアゼルは中腰になって目線の高さを合わせると──。
「そうか……、王国騎士団は君のような志を持った者を歓迎している。楽しみに待っているぞ」
そう言ってクシャリと赤髪を撫でた。
「あ、あ、ありがとうございますっ!!」
そしてレオは鼻をすすり、二、三度目の下をこすった。どうやら感極まってしまったようだ。
(少しばかりアゼルが羨ましいな……)
そして俺はと言えば、今までは目立ちたくない一心だったが、今はこうして少年少女の目標としてあり続けるアゼルが眩しく見えてしょうがない。
「さて、ジェイド先生? 時間もあまりないのだろう?」
「……そうですね。よし、みんな目指せ研究所だ! でもその前に昼食だ! 腹が減っては新魔法など生まれず、だ。行くぞ、行くぞー」
そして俺は気持ちを切り替え、号令をかけると足早に食堂を目指すのであった。
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