第50話 主人公の正しい登場の仕方

 馬のいななきが聞こえる。どうやら王都に着いたようだ。胸元の懐中時計を覗けば十三時。やはり朝一番に出てもこの時間にはなってしまう。


「着いたみたいだな」


 俺は誰にともなく呟くと、馬車の窓から顔を出す。王都から出る時は大した審査はないが、王都を訪れる者には厳重な審査がある。目の前には人や馬車の列ができていた。


「すごーい! これが王都なんだ! アマネちゃんは王都出身だよね? レオ君は来たことある?」


「そう、昔住んでいた街、いや飼われていた街……か」


「俺はねーな」


(飼われていた? 相変わらず不思議な言い回しをする子だ……)


 アマネは肩肘を窓に置き、アンニュイな表情でおかしなことを言う。レオはどうやら王都が初めてのようだ。アマネの後ろから物珍しそうに王都を眺めている。列は幸いにしてそこまで長くなかったため、王都を眺めていたらあっという間に順番が来た。


「降りろ。積み荷を確認する」


「へい」


 門兵に誘導され、馬車を停めさせられると御者が降ろされる。後ろに乗る俺たちのことは積み荷ときたものだ。


「積み荷だとさ」


「……荒立てないで下さいね?」


 皮肉るように小さくミーナにそう言うと、そんなことで文句を言うなとたしなめられる。


「おい、降りろ」


 そして馬車の扉が開けられ、門兵が上がってくる。甲冑を身にまとい、その腰には直剣を携えていた。


「みんな降りるぞ。整列して口はチャックだ。よし、進め!」


 俺がそう言うと、少しだけ門兵がイラッとしたのが伝わる。生徒やミーナの顔は引き攣ってるものの、不満は口にせず指示通りに動いてくれる。


「身分証を出せ」


 馬車を降りると先ほどの門兵が威圧的な態度で身分証の提示を求めてくる。当然事前に必要になると分かっていたため、全員が持参してきている。一人ひとりの身分証を確認され、犯罪者などが載るブラックリストとの照合が行われる。だが、ここで引っかかる者など──。


「おい、ジェイドとやら。貴様王都追放の処分になっているが、どういうつもりだ」


 俺くらいなものである。しかし、慌てない。ここまでは予定調和だ。むしろ許可証を発行したのなら門兵にそれくらい通達しておいてほしいものである。俺は鞄からガサゴソと王都来訪許可証を取り出し、門兵に見せる。


「……フン」


 門兵はつまらなそうに鼻を鳴らした後、何も言わずに顎で門の奥を指す。どうやら認められたようだ。これで無事王立魔法研究所へと向かえる。というわけで──。


「よし、みんな入るぞ!」


「おー!」


 やはりノッてくれるのはミコだけだ。そして歩き出そうとした時に何かの音が聞こえる。


(この音は──!?)


 その音に反応し、バッと振り返れば、レオが腹部を押さえているではないか。


「レオ、大丈夫か!?」


「……うるせー。腹が鳴っただけだ、別に──」


 クー。


「キャッ。……エヘヘ、ミコもお腹空いちゃったみたい」


 と、レオが言ってる横で示し合わせたかのようにミコの腹も鳴る。


(ここまでくれば──)


 俺はチラリとアマネのお腹の辺りを見る。


「……センセイ、セクハラです」


「ん? ……セクハラ? なんだそれは?」


 聞いたことのない言葉である。


「……異性に対してデリカシーのない発言や行動のことをそう言うんです」


「あら、今のジェイド先生にピッタリの言葉ね。ジェイド先生? 生徒と仲良くなるのは結構ですが、きちんと守るべき線は守って下さいね?」


「……はい、すみませんでした」


 アマネとミーナに叱られた。確かに今のはデリカシーがなかったと言えよう。生徒をあまり子供扱いするのもよくないことだ。この年頃は多感な時期だ、気をつけなければなるまい。


「って、ハッ!?」


 そしてこの時、ふと先ほどのレオとのやりとりを思い出す。これはレオの目に情けない姿に映るのではないだろうか、と。


「…………フン」


 バッチリ見下された。俺の教師としての威厳は今のところ皆無と言っていいだろう。つらい。


「……さて、じゃあ研究所に行く前に食事にしようか。王都であればいくつか飲食店を知っている。みんなの入りやすそうなとこにしようか」


 若干テンションが下がりながら、それでも引率の教師は自分なのでなんとか仕切ってみる。幸い食事をしようという意見に反対は出なかった。


 そして俺たちは門をくぐり、王都を歩き始める。その時であった──。


「おっと、平民魔法師? 俺たちも一緒に頼むぜ?」


「ん?」


 そいつらは門兵の待機所から出てきた。見慣れた制服を着た三人の男──魔法局員である。顔は三人ともうろ覚えだが、確かに見たことがある。


(どの部署だったかなぁ? 宮廷警護課ではないことは確かだな)


 魔法の実力が確かであれば顔と名前はきちんと覚えているはずだ。つまり、そうではない者たち。ほんの少し魔法が使えるだけで貴族というコネで入った者たちだろう。


「いいか、お前の王都散策には見張りがつく。なんてたって王都追放処分を受けブラックリストに載っているくらいだからな」


 三人はニヤニヤしながらブラックリストを広げ、ご丁寧に俺の名前の横に印までつけて見せてくる。


(……別にやましいことをするわけではないが、できればこんなうるさい連中には同行して欲しくないな)


 新しい魔法を試すということはとてつもない集中力が必要である。当然この連中はそんなことを知らないだろうし、説明しても協力してくれることはないだろう。むしろ面白がって邪魔をしてくる可能性まである。そうなってしまえば──。


(俺が足を引っ張ったってことか……。それだけは御免だな)


 では、目の前の三人をどうするか。浮かんでくるのは物騒な解決法ばかり。だが、それを選択すれば今度は無理をして許可証を取ってくれたベント伯や学院全体に迷惑がかかる。


(さて、どうしたものか)


 何か方法はないか、辺りを見渡してみる。しかし、そんな良い解決法が転がっているわけもなく途方に暮れかかる。そんな時、どこからか声が聞こえた。それは中性的で凛と澄んだ声、男女問わず一瞬で魅了してしまうような──。


「魔法局の諸兄ら、申し訳ないがこの場を譲ってくれないだろうか?」


「ん? 誰だ? 俺らを魔法局員と知っ──」


 俺と連中はその声の主を見て同時に固まる。その声の持ち主は──。


「あぁ、すまない。申し遅れた。王国騎士団団長アゼル=ハートだ。この者らの監視は我ら王国騎士団に一任されている。これが書状だ」


 サラサラと流れるような淡い蒼白の髪、白い制服に意匠の凝ったマントをたなびかせ、腰には代名詞とも言える双剣を携えた男──アゼルであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る