第40話 ピーターパンシンドローム
俺たちは結局そのあとすぐに三人で酒場へと向かった。スカーレットさんはイタズラをした後にも関わらず平然とミーナに軽い口調で話しかけている。とても俺には真似できない芸当だ。
俺? 俺はそんな二人の後をソロリソロリとついていく。だが、そんな時ミーナが急に振り向く。
「ジェイド? もう怒ってないんだから変な態度はやめてよ」
「……お、おう。すま──すま、すま、すまいるぷりーず」
怒っていないと言ってるのに謝ろうとしたのが悪かったのだろう。ミーナがジト目になる。俺はなんとかすまないを途中で止め、誤魔化してみる。当然スマイルは貰えなかった。
「ハハハ、ジェイド大変だな。お前がそんな感じでは今後も尻に敷かれ続けるな」
「ちょっとスカーレットさん人聞き悪いこと言わないで下さい。私は別にジェイドを尻に敷いているつもりなんてありません」
「フ。こういうのは本人に自覚があろうがなかろうが、周りが見て決めるものだ」
「……そーだ、そーだ。ヒッ」
少しだけ勇気を出してスカーレットさんに乗っかってみる。だが、当然睨まれた。
「ホラ、な?」
そしてそんなミーナを見てスカーレットさんは満足げだ。
「……ハァ。今日はとことん私がイジメられる日なんですね……。分かりました……」
ミーナはと言えば、諦めたように肩を落とし、溜め息をつく。ミーナが、というよりかはスカーレットさんが一人勝ちしているという印象だが。
そんな会話をしながら歩いていれば酒場はもう目の前だ。
「いらっしゃい。おや、スカーレット先生にミーナ先生じゃないか。いつもの席は──お、空いてるね。よし、二名様案内──って、後ろのアンタ。なに、アンタも一緒だったのかい?」
「どうもその節はお世話になりました」
「なんだい、なんだい! やるじゃないか! 女っ気のなさそうな兄さんだと思ったけど……。で、どっちなんだい?」
酒場の女将──デレイアさんだ。名前といい、体格といい、雰囲気といい母そっくりだったためよく覚えている。デレイアさんは俺を見つけると体格に似合わぬ俊敏さで近寄ってきてコッソリ耳打ちをする。どっち──とは、どちら狙いなのか、と言うことであろう。
「……恐れ多くてどちらもとてもじゃないですが」
「……カァ、情けないねぇ。でもまぁそのくらいが丁度いいさ。隙あらば両方なんて答えたらケツをひっぱたいてやるところだよ。カカカカ」
もはや内緒バナシでもなんでもなく、普通に大きな声でそんなことを言うデレイアさん。スカーレットさんはいつものように不敵に笑い、ミーナは苦笑だ。
「おっと、すまないねぇ。じゃあ席に案内するからついてきとくれ」
俺たち三人はつい先日と同じ奥まった位置にあるテーブルに案内される。どうやらここがミーナたちの定位置らしい。
「ハハ、ここは目立たないからね。先生たち二人は美人だから男が寄ってきてしょうがないのさ。まぁこれからはアンタが悪い虫を追い払うんだよ? いいね」
「……はい」
そしてガッシリした手で肩をグッと握ってきたあと、デレイアさんは受付へと戻っていった。
「ハハハ、デレイアさんは素敵な女性だな。私の憧れだよ」
「ですよね。実はデレイアさんってジェイドのお母さんに似てるんですよ」
「ほぅ、そうなのか」
やはりミーナも同じことを思っていたらしい。
「さて、じゃあ座ろうか。ミーナはそっちに行ってくれ」
「はい」
「で、私はこっち。さて──ジェイドどっちの隣がいい?」
四人がけのテーブル。スカーレットさんはミーナをわざと隣に座らせず対面に配置した。そしてこの満面の笑みでの問いかけである。
チラリ──ミーナを見る。普段通りだ。怒ってもないし、こっちに来ないで欲しいという雰囲気もない。
チラリ──スカーレットさんを見る。ものすごい笑顔だ。全身からこっちへ来いというオーラが発せられている。こんなの当然──。
「なんだつまらん。やはりミーナか」
「当たり前ですよ……。それだけわざとらしく誘導されたら怖くて行けませんって」
俺はミーナの隣に腰掛けながらキッパリとそう言う。だが──。
「ふーん。ジェイドは私の隣がいいからこっちに来たんじゃなくて、スカーレットさんが怖いから消去法でこっちにきたんだね?」
予期していないところから責められる。
「え? い、いや、そういう話じゃないだろ」
「消去法で選ばれる女か……それはミジメだな。まったく酷い男だ」
「えぇー……」
まるで台本でもあって示し合わせたように二人はヤレヤレと肩をすくめながら頭を振っている。俺が悪いのだろうか、いや、俺が悪いのだろう。
「フフ、ジェイド冗談だよ。さっ、飲も。私はブドウ酒にしようかな」
「そうだな。飲むとしよう。ふむ、では私もミーナに倣うとしようか」
そして女性陣二人はおもちゃで遊ぶのは飽きたと言わんばかりにスパッと切り替え、酒のメニューを指でなぞる。
「……なんだか納得がいかないが、まぁいいか。じゃあ俺も同じので」
なんとか不満を飲み込んだ後、近くにいた子に注文を通す。ほどなくしてボトルとグラスが運ばれてきた。
「それではジェイドようこそエルム学院に──乾杯」
「「乾杯」」
グラスを響かせ、各々ワインレッドの液体を口に含む。
「んんっ、こっちのブドウ酒は美味いな」
王都で飲んでいたブドウ酒よりも芳醇な香りと味わいだ。
「フフ、エルムのすぐ南には国一番のブドウ園があるからな。鮮度がいいものを使えば酒になったときの味わいも良くなるものさ」
グラスの淵をスーッと指でなぞりながらスカーレットさんがそんなことを言う。いちいちカッコイイ大人のお手本のような仕草だ。
「あれ、そう言えばスカーレットさんっていくつなんですか?」
「ん? 言っていなかったか? 私は二十八だ」
まさかの年下であった。
「もう、ジェイド? 女性に対して年齢を聞くこと自体が失礼だけど、せめて聞き方はもう少し考えてよ。でもそっか、ジェイドの方が年上なんだね」
ミーナにたしなめられる。そしてそのままミーナの視線は俺とスカーレットさんを行き来して──。
「ップ」
軽く噴き出した。
「あっ、お前スカーレットさんの方がずっと大人っぽいとか思ったろ!」
「えっ!? ジェイドが珍しく鋭い!」
「おい、バカにされたことくらい分かるからな?」
「大人で紳士な人だったらこんなことで怒らないはずですー」
「グッ……。べ、別に大人じゃなくていい」
「「いや、それはダメ(だろ)(でしょ)」」
なぜか最後は真顔の二人に揃ってダメ出しをされた。解せぬ。
「あぁ、そう言えばジェイド。クラスの子たちとの自己紹介はどうだったんだ?」
食事と酒がある程度進んだところでスカーレットさんがそんなことを聞いてくる。俺はしばし逡巡し、慎重に言葉を選んだ。
「…………教師の方ってすごいんだなぁと思いました」
「上手くいかなかったの?」
ミーナが心配そうに聞いてくる。
「まぁ、なんというか。そうだな……。いや、でも何人かとは距離も縮まったと思うぞ。そうだ、ケルヴィンの実家の魔道具屋でイイ物を買ったんだ。今度ミーナに見せてやるな?」
「うん? ありがとう?」
話しが逸れた。吸い取る君の披露はまた今度でいいだろう。クラスの子、クラスの子。となれば──。
「他にもミコって子がいてな? その子なんかすごく元気で優しくて、ホームルームが終わった後も俺のとこまでわざわざ来て、また明日って。なんだか本当救われた気が──って、どうしたんだ? ミーナ? スカーレットさん?」
最も親しげに接してくれたミコのことを話すと二人はなんとも言えない表情になる。なんだろうか。
「何か俺変なこと言いました?」
「ミコちゃんね……」
「あぁ、ミコ君か……」
「「いい子なんだけど(な)(ね)……」」
二人は口を揃えて含みのある言い方をする。そんな言われ方をしたら余計気になってしまうではないか。
「何かあるなら教えて下さいよ」
「ジェイド、明日の予定はクラスの子たちの魔法の習熟度合いを確認するんだったな? だとしたらその時分かるはずだ。ジェイドならあるいは説得もできるかも知れん」
「そうだね……。ジェイド? 頭ごなしに言っちゃダメだよ? 根気良く、だよ」
「だから、何を──」
そして俺が何のことか食い下がるように聞くも結局二人は言葉を濁し続けたのであった。そしてそれは翌日分かることとなる。
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