第41話 ミコの決意

「おはよう、みんな。今日はみんなの魔法の習熟度合いを確認するから、魔法場へ移動しよう」


 七人全員が休まず、遅刻もせずクラスに集まったことに一安心し、形だけの出席を取ったあと、早速授業へと移る。今日は昨日言った通り、魔法の出来具合をみるわけだ。


「はーい!」


「分かりました」


 従順なグループであるミコとヒューリッツはすぐに返事をし、移動の準備を始めてくれる。次いでケルヴィンがキースとレオに行こうぜと声を掛けてくれた。金貨一枚分以上の価値はここでも発揮されたようだ。そう言うとまるで打算があったみたいだが、結果的に良い方に転んだというだけだ。


 謎の発言ばかりの少女、アマネもテキパキと無言で準備を始めている。どうやら反抗的な子ではないようだ。これも一安心。


 そしてサーシャ。正直俺が最も苦手なタイプだ。どうしていいか分からない。どうやらミコが仲が良いみたいなのでミコ経由でいずれ参加してもらおう。今は俺と言う存在に慣れてもらう段階だ。なんだか野良猫みたいだな、と思わずにいられない。


 結局サーシャはその場から動くことはなかった。ここでは食い下がらず俺は他の六人を連れて魔法場へ向かう。




「よし、じゃあ一年の必修課題魔法である自然操作魔法のウィンド、結界魔法のアンテ、身体強化魔法のムスクルを使ってみよう」


 と言ったもののこれができたら無事二年に進級できる。恐らく色々な原因がありできないのだろう。


「できそうなものからでいいぞー。一つずつ確実にできるようになればいいんだ」


 みんなどうしていいものか分からず戸惑っている。俺は緊張をほぐすためにも朗らかな声でそう言ってまわる。


 六人は、それぞれが危なくないように離れている。攻撃魔法らしい魔法はなく、一応ウィンドは風の魔法で攻撃魔法と呼べなくはないが、一音節のそれではただのそよ風程度──。


「うおっっっ」


 と、考えながら歩いていたところで突風に煽られる。


「なんだなんだ!?」


 俺は慌てて風の発生源へと振り向く。


「……ふぅ。今日も風が騒いで──」


 ふらり……。アマネは不敵な笑みを浮かべ、包帯を巻いてある左手を押さえながらそう言いかけると、崩れ落ちる。


「くっ──」


 慌てて駆け寄る。なんとか体の下に手を滑り込ませることができ、床への衝突は免れる。これは──。


(明らかな魔力暴走だな。ウィンドの魔言をどんな変換したらあんな突風が吹くんだよ……)


 俺は驚き半分、呆れ半分の気持ちで腕の中の少女を見下ろす。その顔は安らかそうで──。


「おい、アマネ大丈夫か? おい?」


「…………くぅー」


 静かに寝息まで立て始めた。魔力枯渇による強制睡眠だ。ひとまず命に別状はないだろう。


「あー、ヒューリッツ? アマネはいつもこう・・か?」


「……えぇ、そうですね。アマネさんはいつも魔法を発動させても制御できずにこうなりますね」


 どうやら毎度のことらしい。アマネを支えている腕からは彼女の体温が伝わってくる。かなり熱い。体の中の魔力回路がオーバーヒートしているのだろう。


「ひとまず俺は保健室へ彼女を連れていく。みんなはここで待機していてくれ。それまで絶対に魔法は使うな。委員長悪いがこの場を頼んだぞ」


 とてもじゃないが魔法の自習訓練など怖くてさせられない。言い方は悪いがヒューリッツであればきちんとみんなを監視しておいてくれるだろう。俺は急いでアマネを抱えたまま保健室を目指した。




 保健室につくと、養護教諭は腕の中のアマネを見るなり、またいつものか、と慣れた様子でベッドに寝かすよう指示してくる。軽く診察し、問題がないと分かるとそのまま寝かせておくとのことで、俺も魔法場へと戻る。


「みんなすまなかったな。アマネは大丈夫なようだ。委員長?」


「えぇ、誰も魔法を使っていません」


 五人は無事そうであるが一応確認を取っておく。良かった。


「ま、使っていませんというか使えないってのが正解だけどな」


 レオがふてくされながらそんなことを言う。


「使えないのは恥ずかしいことじゃない。そのために教師がいるんだ」


「と言っても先生は教師になって、まだ二日目ですけどね」


「おい、キース言ってやんなって。今、絶賛先生中なんだから」


 キースとケルヴィンがからかってくる。だが、確かに教師になって二日目の俺の言葉に説得力はないだろう。


「まぁ口ではいくらでも言えるからな。だから俺は結果で示すことにする。みんなを今学期中に必修魔法三つとも使えるようにしてみせるさ」


 その後に続けようとしたダメだったら教師なんて辞めてやるという言葉は言わない。最初から出来なかったときの仮定なんて言いたくないし、それに生徒に責任を負わせてしまうようでカッコ悪い。だから俺は必ずみんなを進級させてみせると心に誓った。


「よーし、ミコ。まずはミコから見ていこうか。どれか使えそうな魔法はないか?」


 そして俺はまず一番従順で素直そうなミコに頼ることとした。


「せんせー、ごめんなさい。ミコは一番最初に使う魔法は召喚魔法って決めてるんです」


 申し訳なさそうな表情だが口調はハッキリとしていた。そしてその言葉を聞いて昨日のミーナとスカーレットさんの顔が脳裏に浮かんでくる。


(こ、こ、これかぁ!!)


 ミコはまだ誰も為し得ない召喚魔法を使うまで他の魔法は使わないと決めているようだ。これはどうにかしなくてはならない。だが、ここでもミーナの言葉を思い出す。


(頭ごなしに言ってはならない……。根気良く、か……)


 だが、何年も待っているわけにはいかない。あと三ヵ月後には進級か落第かが決まってしまうのだから。


「なぁ、ミコ? その一応聞いてみるんだがそれは絶対か?」


「はい。ミコは召喚魔法師になるためにこの学院に入ったんで、それが無理なら辞めるつもりです」


 その目には一点の迷いもなかった。恐らく彼女の中ではここで曲げてしまったら二度と召喚魔法が使えないとすら思っているんじゃないだろうか。だとしたら方法は一つしかない。


「ミコ……次の休みの日に俺と王都へ行こう」


「? 次の休みですか? 大丈夫だと思います。何をするんですか?」


「デートですね」


「うわぁ、先生マジかよ。ロリコンかよ」


「……キモちわり」


 キースがメガネをキラリと光らせそんなことを言う。ケルヴィンもレオも俺への嫌悪感を隠そうとしない。だがもちろんそんなわけはない。向かう場所は当然──。


「バカモノ、そんなわけがあるか。向かうのは王立魔法研究所だ。恐らくこの世界で最も召喚魔法の成功に近づいている奴に会いにいくぞ」


 召喚魔法を使えるようにするための場所だ。

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