第39話 みんな嘘つき
「いや、ミーナ。これはお前が今日着ようとしていたものだろ? 上手くボトムスとブラウスとコーディネートされているじゃないか。これを借りるわけにはいかないな」
またしても反論できない状況だ。確かにスカーレットさんの言う通り、きちんと全体のバランスを考えてこの上着を選んでいる。オシャレなスカーレットさんなら気付いて然るべきだ。
「そうです、ね。じゃあ他の上着を持ってくるので……ここで待っていて下さい。どういうのがいいですか?」
「あぁ、黒のジャケットがあれば、お願いしたいんだが?」
「黒のジャケットですね? 一着あるんで持ってきます。ちょっとだけ待ってて下さいね? すぐ持ってきますから」
私は頭の中で自分の持っている上着を思い出す。黒のジャケットは持っているし、洗濯に出して返ってきたばかりだ。クローゼットに掛かっているはず。私は寝室の扉まで急ぎ足で向かうと、薄く開けて滑り込むように入った。パタン──当然、すぐに閉める。
「……ふぅ。ジェイドごめんね? まだ声は出さないでね?」
そして小さくクローゼットの前で謝ってから扉を開ける。ジェイドは窮屈そうだがジッと黙って待っててくれている。その頭の上でジャケットを探す。確か──コンコンッ。
「すまない、入るぞ」
「えっ!?」
バタンッ、ゴンッ──慌ててクローゼットを閉める。
「あ、いや、やはりジャケットじゃ少し寒いなと思って、コートに変えてくれと言いにきたのだが……慌ててどうしたんだ? ん? 散らかってなどいないじゃないか。それに……、今クローゼットの中から──物音がしたが?」
(マズイ、マズイ、マズイ──)
慌てて閉めた時、扉がジェイドの頭にぶつかってしまった。その音を聞かれた。幸いジェイドは声を上げなかったが明らかにクローゼットを閉めた時に出る音ではない。
「何を固まっているんだ? おい、ミーナ? ……そこに何を隠している?」
「………………何も」
ダメだ。ここで上手く誤魔化せる言葉が見つからない。
「怪しいな、開けるぞ」
「待っ──ダメッ──」
遂にスカーレットさんは私の隣まで来て、クローゼットを開けてしまう。
「「…………」」
見つかってしまった。頭を押さえたジェイドとスカーレットさんが見つめ合って固まっている。その横で私は必死に言葉を探す。
「スカーレットさん、これは、ち、ちが、違うん……です」
「何が違うんだい?」
「こ、これには深い訳があって……」
「ふむ、話しを聞こうじゃないか。だが、その前にジェイド? そこは窮屈だろう? 出てきたらどうだ?」
「…………うす」
ジェイドは意外にも取り乱さず、静かに出てきた。私は正直に言えば、頭の中が真っ白だ。そして少しずつ思考できるようになると何でジェイドを隠したのか分からなくなる。ジェイドだって今日一緒に行くんだから私の家を教えてあってここから行くことになっていると説明すれば済んだ話しじゃなかっただろうか。
これではまるで後ろめたい関係だと言っているようなものだ。
「──ナ? ミーナ? おい、大丈夫か?」
「……はい。大丈夫じゃないです……」
大丈夫であるはずがない。もうこれ以上嘘を重ねてもしょうがない。本当のことを言うべきだ。でも何からどうやって説明しようか。少しだけ頭を整理する時間が欲しい。
「ふむ。思った以上にショックが大きかったみたいだな」
「だから俺はやめようって言ったんですよ……」
「ん? なんだジェイド。君は自分だけこの状況から逃げる気か?」
「いや、そうじゃないですけど。だって、この後が怖すぎますもん……」
「ハッハッハ。奇遇だな。私も少しばかりやり過ぎたと後悔しはじめているところだ。というわけで──」
「「ごめんなさい」」
「………………は?」
ジェイドとスカーレットさんが急に空気を変えて、軽い口調で喋りはじめた。そして一緒に深々と頭を下げてくる。私の脳はこの状況を理解することを拒み、気が遠くなりかける。これはつまり──。
「……仕組んでたの?」
そういうことであろう。そして呆然と尋ねる私に対してジェイドが慌てて弁明をはじめた。
「いや、違うんだミーナ。その、聞いてくれ。今日食事をする場所をミーナに聞きに行こうとしたら、ばったりスカーレットさんに会ってしまったんだ。その、部屋を出る瞬間に」
「……それで?」
「ミーナの隣に住んでいることがバレたら俺は即退去させられると思って、すぐに新しい物件を探さなければと思った。そして引越しの準備を始めたんだ」
「……うん、色々言いたいことはあるけど、とりあえず聞くね」
「……あぁ。だがそんな時だ。ノックが聞こえるじゃないか。扉の覗き穴を見ればスカーレットさんが一人で立っている。もしかしたらミーナにバレないかも知れないと思って俺は扉を開けた」
「で?」
「事情を説明して黙っていて欲しい、と。そこでスカーレットさんが秘密にする代わりにイタズラに協力しろって……」
「……なるほど? スカーレットさん合ってますか?」
「ふむ、概ね合っているが、説明は省くべきではないな。私が現れたとき兄に成りすまして誤魔化そうと頑張ったではないかディーズ」
「……ジェイド?」
「……そこはまぁ、説明にはいらないかな、と」
なるほど、話しの辻褄としては合っている。ジェイドの様子を見る限り、嘘ではないようだ。だが、だからと言ってはい、そうですかと水に流して笑えるほど私は大人ではない。
「それじゃトイレが壊れたってのは?」
「……嘘です」
「トイレを我慢していたって言うのも?」
「……嘘です」
「…………嘘つき」
「グハッ……。ソノ……ホントスミマセン……」
私はジェイドをジト目で睨み、一言そう言ってやる。ジェイドは大げさに傷ついた様子で謝ってきた。
「ハッハッハ、おいミーナ。そう責めてやるな。お前だって私に嘘をついたろう? 散らかってもいない部屋を散らかっていると言って部屋に上げようとしなかったじゃないか。私は寂しかったぞ?」
「スカーレットさん? 私はスカーレットさんにも怒ってますからね?」
「……あぁ、すまない」
スカーレットさんには笑顔で本当に怒っていることを伝える。入職してからの付き合いだが、この二年間誰よりも一緒にいた同僚であり友人であるのだからそれだけで伝わるだろう。
「……それで、なんでジェイドがクローゼットにいるって分かったんですか?」
そして私は最も気になっていた点──ジェイドを隠した場所をなぜピンポイントで当てられたのかを尋ねる。
「あぁ、それはだな。トイレに仕掛けがある。ジェイドがトイレを借りただろう? そのとき魔法陣を設置した。それで私がトイレを借りるぞと言ってトイレに入ったところでジェイドが隠れた場所を文字で転送したのさ」
なぜかスカーレットさんは得意げに答えを披露した。少しイラッとしたので睨んでおく。
「おぉ、怖い。まぁ、ちょっとしたイタズラじゃないか、ハハハ」
「それにしては大事なコートを犠牲にしたみたいですが?」
もう私はコートを急いで洗濯に持っていく気などなくなっていた。これなら自業自得だ。
「ん? あぁあれも実はだな、ジェイドに防水結界魔法をかけてもらってあるから平気なんだ。私もただの防水結界なら使えるが、ジェイドのはまさか防水結界が触れた液体の色に染まるというのだから驚きだ」
「……気付きませんでした」
だが、コートも周到に用意されていたようだ。私はその違和感に気付けなかった。スカーレットさんが部屋をノックした時点から既に正常な思考回路ではなかったのだろう。
「ふむ、というわけで被害はジェイドの頭に出来たタンコブくらいだろう。ハハハハ」
「ハハハハ、じゃないですよ。私本当に寿命が縮まると思ったんですからね」
「だ、そうだ。ジェイド寿命を延ばす魔法は使えないのか?」
「……無理ですよ」
「そうか、残念だ。まぁ、積もる話しは酒場でしようじゃないか。よいしょっと」
スカーレットさんは白いコートを広げるとパッと手で払う。すると薄く残っていた茶色いシミが全て剥がれていく。素直に凄い魔法だ。だが、今はジェイドを讃える気にはなれない。
「ミーナどうした? ほら早く行きたがってたろ?」
そしてスカーレットさんはいけしゃあしゃあとそんなことを言う。なんだか最後までスカーレットさんに上手く丸めこまれてしまったようで、気付けばスカーレットさんを怒る空気じゃなくなっていた。なので──。
「ヒッ。……な、なんでしょうか」
ビクビクしながら小さくなっているジェイドをギロリと睨む。
「……ジェイドのバカ」
「……はい、バカです。すみませんでした」
「すぐ謝らないでよ。怒れないじゃない」
「……はい、すぐ謝ってすみませんでした」
「……それわざと?」
「ヒッ、いえ違います! 違います! 決してそんなことはありませんであります!」
「それどっちなの」
だから私はジェイドに八つ当たりをする。正直なところ、もう怒りも収まってきてしまったのだが、少しくらいやり返したい。だがここでも──。
「おいおい、お前らが仲が良いのはよく分かった。これ以上痴話喧嘩を見せつけるって言うなら、余り者の私は一人寂しく酒場に向かっているが?」
やっぱりスカーレットさんが一枚上手なのであった。
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