第36話 六音節魔法の無駄遣い
(説明書きがあるな……なになに)
一枚の紙に使い方が書いてあった。まず始めに書いてあったのは商品の名前──。
「ゴミ吸引型魔道具……吸い取る君。ふむ、可愛らしい名前だ」
俺はゴミ吸引型魔道具こと吸い取る君を手に取ってみる。フォルム自体は名前に似合わず流線的でスタイリッシュだ。
「ほう、ここにゴミが溜まるのか。で、ここがスイッチ、と。よし、じゃあ早速起動だ。ムンッ」
別に気合を入れずとも魔道具への魔力供給量はそこまで多くないため余裕なのだが、気が
ブォォォォン。
吸い取る君が無事起動した。排気口からは強めの風が出てくる。そしてゴミの吸引口では──。
「おぉぉー……。これは面白い。ほりゃ、ほりゃ」
昨日越してきたばかりでゴミや埃などほとんどないのだが、それでも丸一日生活したため少しはある。そのほんの少しのゴミや埃をスイスイと吸い取っていく。
「画期的だ……。まさに掃除革命と言えよう……。よし、この部屋のゴミと埃を全て吸い取りつくす!」
俄然テンションが上がってしまった。普段掃除などまったくする気が起きないのだが、今日はいつもの俺とは一味違う。
吸い取る君で縦横無尽に部屋を駆け回った。結果──。
「なんということだ。床がピカピカではないか……」
俺は裸足になって床を歩いてみる。
「足の裏にゴミがつかない……。これはミーナに教えねば!!」
いてもたってもいられなくなり俺は隣の家へと急ぐ。一刻も早く吸い取る君を自慢したい。だが──。
「おい、ミーナぁ? ミーナぁ? いないのかぁ? おーーい」
ピンポンを鳴らしてもノックをしてもミーナからの返事はいない。居留守を使われるということはないだろうから、家にいないのだろう。
俺は仕方なく撤退する。先ほどまでのテンションはがた落ちだ。ミーナのほかにこの素晴らしい魔道具と掃除の成果を自慢できる友人もいない。
仕方なくもう一度外へ行く準備をして、市場へ戻る。軽く屋台でつまめるものを買って食べた後、ケルヴィンに紹介してもらった寝具屋へと行った。
そこの店員の言葉はかなり接客が上手く、気付けば一人用ではない大きさのベッドを購入させられてしまっていた。何が起こったか分からない。ただ質問に受け答えしていただけだったのに……。
「ありがとうございました」
店員が何人も出てきて俺を見送ってくれる。それはそうだろう金貨五枚分の買い物だ。
(吸い取る君が五台買えちゃうんだぞ?)
流石に一台で事足りるため二台目は欲しいとは思わないが、ついつい先ほど感動を与えてくれた吸い取る君で換算してしまうのは仕方ないと言えよう。
「あっ、すみません。あっ、すみません」
そして俺は周りの人に舌打ちや暴言を吐かれながら帰り路を急ぐ。それはそうだ──。
(こんなデカイベッド担いで歩いてたらそりゃ邪魔だよなぁ)
配送を後日すると言われたが、面倒くさいのでその場でお持ち帰りすることを選んだのだから非難は甘んじなければならない。しかし店員さんも直前までスラスラと話しを進めていたのに、じゃあ持ち帰りでと言った瞬間に一瞬だけ固まったのには溜飲が下がったものだ。だが、流石はやり手の店員である。正気を疑われずにお持ち帰りの準備をされたのだから。
「ただいまー。……って、あれ? これ入るかな?」
俺は誰もいない部屋の扉にたどり着き、ただいまと言った後ふと背中に背負ったベッドがこのドアをくぐるかどうか失念していたことに気付く。
「よーいっしょ」
ガツン。
「…………マジか。いやいやいや、もう一度来た道戻って、部屋に入らなかったんで返品しますとは言えまいて」
悪い予感は当たった。いや、予感ではなく部屋の扉を見た瞬間確信はしていた。ただ、現実を認めたくなかったのだ。
「いや待て待て。こんな時のための魔法だろう」
俺は焦る余り、独り言をブツブツと言い始めてしまう。デカイベットを担いで部屋の前でブツブツ言っているおっさん。はたから見たら変人極まりない。
そしてそんな俺を見た善良な市民の方々が街の警備兵に通報しかねないため、急ぎ対処方を考える。
(一番簡単なのは扉を広げてしまうことだよな。破壊&再生。だが他人様から借りている部屋だ。元通りにするとは言え、あまりよろしくはないだろう。では私物であるベッドの方をどうにかするべきか。圧縮してしまうか? だが戻るだろうか? ちゃんとポンッと戻るだろうか?)
魔法という手段はいくつも持っているのに焦った俺はそれを応用することができず悩みあぐねていた。だがそんな俺の頭に天啓が舞い降りてきた。
「あっ、そうか。時空転送すればいいんじゃん。よーし」
俺はベッドを廊下に立てかけたあと、部屋に入りベッドを置く位置を決める。狭い部屋が更に狭くなることに少しだけ絶望する。なぜ、あんな大きなベッドを買ってしまったか、後悔は尽きない。
そんなほんのちょっぴりの後悔とおっきなベットとともに庭に降りてくる。使う魔法は時空転送魔法。短い距離の中ではあるが、指定の魔法陣の場所まで物を転送できるという超便利魔法である。但し──。
「六音節魔法だから使える人いないんだよなぁ」
俺はベッドに手をかざしながらそんなことを呟く。そして失敗して時空の彼方にベッドが消え去らないよう集中しながら六音節の魔言を唱え──。
「
発動する。俺の手から生まれた魔法陣はベッドを覆うほどのサイズだ。そして一瞬発光した後、ベッドとともに消える。
(さて、これで部屋の中にベッドがあれば成功だな)
俺はそそくさと部屋に戻る。
「果たして結果はいかに──おぉ、成功。ふぅ、久しぶりの転移門魔法だからヒヤヒヤしたが良かった。無事設置されているな、うんうん」
俺は満足げに頷き、折角なのでそのベッドに飛び込む。丁度いい硬さで流石の寝心地である。これは普段あまり眠くならない俺ですら──。
「……ちょっとだけ昼寝するか。おやすみなさい」
眠りにひきずりこんでしまう魔性のベッドであった。
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