第35話 エルム一の魔道具屋
それからいくつか教師としての心構えや指導方法のコツなどを教えてもらったあと、退室となる。当然、フロイド先生とじゃあお昼ご飯でも、とはならない。それにそこまで腹が減っているわけではないから、足りない分の日用雑貨を買いがてら市場を見てみることとする。
(そうと決まればれっつごー)
昨日ミーナと行った市場へと向かう。
(さーて、足りないものは、と──)
ミーナはまず水周りのものを揃えてくれた。正直に言えばこれだけで生きてく上では何も困らない。
(だがまぁ寝具くらいは買っておくか……)
別に床でも平気なのだが、こういった雑な生活をしているとミーナに怒られる可能性があるため、俺は何かしらの寝具を求め市場を彷徨う。すると──。
「いらっしゃい! いらっしゃい! エルム一の魔道具屋だよ! 日用雑貨も揃ってるよ!」
若くて元気のいい少年店員の声が聞こえてきた。何やら耳にひっかかる。チラリと覗いてみれば──。
「あれ? ケルヴィンじゃないか」
「うげっ、先生じゃん。来て下さいとは言ったけど、初日から家庭訪問とか正気ですか?」
「いやいや違う違う。偶然だ偶然。そうかケルヴィンの家は雑貨屋やっているって言ったもんな? 見てっていいか?」
その言葉にケルヴィンはしばし悩んでいる様子だ。しかし意を決したように──。
「……どうぞ。その代わり冷やかしはお断りしてますから」
「ん。了解した」
渋々、本当に渋々と言った様子でケルヴィンが扉を開く。中は結構広いが、所狭しに商品が置いてあるため狭く感じる。それに──。
「繁盛しているなー。すごい人じゃないか」
「おかげさまで。もういい? 俺呼び込みいかなきゃ」
「いやそう言うな。折角会ったんだ。接客してくれ」
俺は教え子と少しだけ距離を詰めようと無茶なお願いをしてみる。
「……仕方ないなぁ。で、先生は何が欲しいんです?」
「寝具だ」
その言葉に呆れ顔になるケルヴィン。そして手を挙げ人差し指をピンと伸ばすと──。
「寝具屋さんはこの店を出て、左にまっすぐ行って三つ目の交差点のあたりにあります。じゃ」
「待て待て待て。寝具以外にも欲しいものはある!」
見渡したがこの店に寝具は置いてなさそうだった。それはそうだろう。ここは魔道具と細かな雑貨品を取り扱う店なのだから。
「もう先生、邪魔したいだけなら──」
「おっ、この当店オススメナンバーワン商品ってのはなんだ? 見たことない魔道具だが」
「……これは掃除用の魔道具ですよ。風の魔法陣が使われていて、起動させるとこっちから風が出るんです。で、反対側から風と一緒にゴミが吸い取られていくっていう──」
話しを変えるため、わざとらしく注目商品と書かれたコーナーを指差す。ケルヴィンは釈然としない様子ではあるが、流石魔道具屋の息子とばかりに丁寧にその魔道具の説明をしてくれた。俺はその説明を聞き、はじめは冗談半分だったのに、徐々に驚きと感動を覚える。
「なるほど、便利だな! 世の中には頭が柔軟な人がいるものだ。風は吹かせるものという概念を逆手に取った画期的な魔道具じゃないか!」
「……」
「ん? どうした?」
なんだかケルヴィンがモジモジし始める。トイレだろうか?
「なんだ? トイレなら行ってきて──」
「いや違いますよ。それのアイデア俺。俺が考案したの!」
「何!? これはケルヴィン作なのか!?」
「いや、実際に作ったのは父さんだけど、アイデアだけね」
「それでもすごいじゃないか! 売れてるだろ?」
「…………」
そこで黙り込んでしまうケルヴィン。なぜだろうか? 便利そうであるのだが。
「高いんだよね……」
その一言を聞き、値札をチラリと見てみる。
「おーぅ。確かにこれは少しばかり値が張るな」
金貨一枚。このエルム学院での給料が一月金貨二枚であるから、その半分となる。画期的な掃除道具だとは思うが、多くの者にとっては今まで箒で済ませており、不便はなかったのだから、あえてこの値段の魔道具を買うことはないだろう。しかし俺は違う。
「ケルヴィン、実は俺は掃除が嫌いでな。だが諸事情があり家を綺麗にしていなければ怒られてしまう。そんな俺にピッタリの魔道具があるじゃないか。これを一台くれないか?」
「え? 金貨一枚ですよ? 先生入ったばっかだし安月給でしょ? そんな無理しなくていいですよ……」
何気に失礼なことを言われる。確かに今の給料は宮廷魔法師の頃に比べれば半分以下どころか十分の一以下だ。だが逆に言えば宮廷魔法師時代の貯金はかなりある。
「ハッハッハ、俺は大人だぞ? ある程度余裕はあるから心配するな。それよりこれを買って掃除好きの知り合いに自慢したいんだ」
そう、これを見たらミーナはきっと驚くだろう。こんなに画期的な掃除道具があったのか、と。そして埃一つ落ちていない俺の部屋を見て更に驚くだろう。
俺はついニヤケそうになる頬をなんとか引き締め、ケルヴィンに会計を頼む。
「というわけでくれ」
「う、うん。お買い上げありがとうございます。あっ、父さん、一台売れたよ!」
俺とケルヴィンが話しているところにケルヴィンそっくりのクセッ毛で柔和な顔立ちの男性が現れる。
「おや、これはお買い上げありがとうございます。ケルヴィン良かったね」
「お父さんですか? 実は私本日からエルム学院でケルヴィン君の担任となりましたジェイドと申します。よろしくお願いします」
「これはこれは、そうだったんですね。お世話になります。ケルヴィンの父でケーニッヒと申します。今後ともよろしくお願いします。……コラ、ケルヴィン? 先生に無理を言って買ってもらおうとしたら──」
「違うよー!!」
「あっ、お父さん違います。私が本当にこの魔道具に感動して、実用的だと思ったからこそ買わせていただくんです」
「そう、ですか……? こう言っちゃなんですが、結構高いので……」
「いえ、掃除が苦手な私にはピッタリでして。正直なところ早く帰って使ってみたくてしょうがないんですよね、ハハ」
紛れもない本音であった。
「分かりました。そこまで仰って下さるならありがとうございます。ではせめてものお気持ちで一割引かせて下さい」
「……ではお言葉に甘えまして、ありがとうございます」
一瞬迷った。しかし、ここでそれを断れば親としての面目を潰してしまうことになるだろう。俺は金貨をケルヴィンの父に渡し、お釣りとして大銀貨一枚を受け取る。
「それじゃお包みしま──」
「いいよ、俺がやるから父さんはほら、向こうのお客さん待ってるから」
「いや、だが先生の──」
「いいの! ほら行った行った!」
ケルヴィンは無理やり父親の背を押す。ケーニッヒさんは振り返って申し訳なさそうな困った顔をしていたが、別にこちらは問題ない。ペコリと会釈を一つして見送る。
ケーニッヒさんが他の客の対応に向かったのを確認してからケルヴィンが戻ってきた。手馴れているようで綺麗に素早く梱包を済ます。恐らく俺が同じことをしようと思ってもできないだろう。
「上手だな」
「……雑貨屋の息子ですから」
仕上がった大き目の手提げ袋を渡される。
「また来てもいいか?」
「……うちの店はお客様は大事にするから」
扉を開けてくれたケルヴィンが少しだけ照れくさそうにそんなことを言う。
「あぁ、ありがとう。それじゃまた明日学校でな」
「ん。お買い上げありがとうございましたー!」
こうして寝具も昼食も後回しにして俺はいそいそと自宅に戻るのであった。
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