第34話 落ちこぼれ魔クラス

「それで?」


 ベント伯が先ほどの続きを聞いてくる。これが指す言葉はつまり初日の感想であろう。


「えぇと、そうですね。率直な感想を言いますと、この年頃の子たちの扱いの難しさを痛感した、というところです」


「フン、三傑ともあろうジェイド先生がそんな気弱なことでは困りますな」


「まぁまぁ、フロイド先生。誰しもが新任の頃は悩み、迷い、落ち込んだりするものだ」


 正直に言い過ぎただろうか。フロイド先生につまらなそうにそう言われてしまう。だが──。


「いえ、フロイド先生の仰るとおり、情けない限りです……」


 確かに僅か一時間のホームルームで自信喪失してしまうのだから情けない話しだ。


「まぁまぁ、ジェイド先生もそんなに重く考えないことだ。それにそんなときのために我々がいる。フロイド先生は魔法科の主任だ。君をサポートしてくれるだろう。それに君を直接指導してくれるのは幼馴染のミーナ先生だ。彼女になら悩みも打ち開けやすいだろう?」


「えぇ、まぁ……」


 そりゃ目の前でミーナという単語が出てきただけで俺のことを射殺さんばかりに睨んでくる上司に比べたらよっぽど話しやすいのは確かだ。


「フン、私も多忙ではあるが、魔法科の新任教師の世話も仕事の内だ。困ったならすぐにきたまえ。むしろミーナ先生だってまだ二年目で他人・・の世話まで見るのは負担であろう。特に就業時間後にわざわざ時間を割いてもらうことなどはないように」


 ものすごく他人という所を強調された。そして学院の外では会うなと釘を刺してくる。別にフロイド先生のことはどうとも思っていなかったが、ここまであからさまに敵意を見せられると──。


(ちょっと嫌いになっちゃうよなぁ……)


 ガマガエルのような顔と撫で付けられてテカテカの髪を見て、うんざりしてきてしまった。


「フフ、まぁ今年の努力クラスは例年になく才能豊かな生徒が集まっている。何か起爆剤が一つあれば化けると思っているんだ。それが──」


「……俺ですか?」


 ベント伯はまっすぐ俺を見つめ、コクリと頷く。


「そうですかねぇ? 落ちこぼれ魔クラスは毎年落第ばかりで。今年の子たちだって授業姿勢や教師に対する態度は目に余るものがあると聞いていますがね」


「フロイド先生?」


「これは失敬を」


 フロイド先生の言葉にベント伯がひと睨みする。口では失敬をなどと言っておきながら悪びれる様子はない。当然俺も先ほどの言葉が気になる。


「……落ちこぼれ魔クラスとは?」


「……まぁ、説明しておいた方がいいだろう。実は魔法科努力クラスは陰で落ちこぼれ魔クラスと呼ばれている。他の科にも努力クラスはあるのだが、落ちこぼれとは言われていない。では、なぜ魔法科の生徒だけが落ちこぼれ魔と呼ばれているか……」


「フン、魔法科の努力クラスはみな二年に進級できず落第するからだ。魔法は努力も必要であるが、才能が占める部分が大きい。最初のステップでつまづいた者はそのまま起き上がることができないのだ」


 ベント伯は言いにくそうに、フロイド先生は憎憎しげに事実を突きつけてくる。だが、流石に全員が全員落第するわけではないだろう。


「……流石に全員ではないですよね?」


 その問いにベント伯は痛みすら感じているような表情だ。代わりにとばかりにフロイド先生が口を開く。


「……全員だ。より正確に言うと二年に進級できる者もいる。だが、結局二年に上がったとき周りとの差に絶望するのだ。そして教師がいくら頑張ろうが生徒たちは落ちこぼれを淘汰しようとする。まぁ、努力クラスがあることで反面教師となり、他の生徒たちがやる気を──」


「フロイド先生? その先を言ったら分かってるな?」


「……言葉が過ぎました。申し訳ありません」


 なるほど、元々はそういうつもりで作られたクラスではなかったが、十年という歳月の間にそういう目で見られるようになってしまったのだろう。


「ジェイド先生、私は落ちこぼれ魔クラスという言葉が嫌いだ。なぜならそれは教師の力量不足だと言われているようなものだ。当然生徒の数だけ順位は存在する。だが、預かった以上ある一定以上のラインはクリアさせてしかるべきだと考える。フ、すまないな。今日はこんな話しをするつもりではなかったんだがね。忘れてくれと言うのは無理だろうから、あまり思い悩まないでくれ。これはこのエルム学院全員の問題なのだから」


「……分かりました」


「フン……」


 遠回しかどうかはフロイド先生の捉え方次第だが、落ちこぼれ魔クラスは、魔法科の主任であるフロイド先生の責任でもあると言ったベント伯。フロイド先生は眉をひそめ、明後日の方を向いてしまう。


「さてっ、初日からこんな重苦しい空気では先が思いやられる。まぁ気楽にやろうじゃないか。今日は先生方も午後からは休みだ。気分転換をしてきたまえ。特にジェイド先生しっかり心を休めるように。ハハハ、だが散歩のつもりが失踪してしまったなどはやめてくれよ?」


 ベント伯のいかつい顔が笑顔に変わる。そしてウィンクをしながら冗談を言ってくる。


(いや、半分は冗談じゃないんだろうな……)


 魔法局でも一日で辞めていった者を何人も見てきた。トラブルの原因は職場の雰囲気や上司、同僚との関係性だ。そう言う意味で俺は幼馴染が指導係となり、少なくとも孤立はしない。


(なるほど……。だからベント伯は俺をミーナから遠ざけたりすることなく、むしろ近くに配置したのか)


 コロコロ表情を変え、真面目とも気さくとも思えるベント伯の内心にほんの少しだけ、そら恐ろしさを感じてしまうのであった。

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