第32話 生きていますか?

「はいはいはーい!」


「ん? なんだ? まだ何かあるのかミコ?」


「質問いいですか?」


「あぁ、いいぞ」


「せんせーは結婚しているんですか?」


 これには驚いた。やはり人を見た目や雰囲気だけで判断してはいけない。ミコから色恋沙汰に関する質問が飛んでくるとは思わなかったため、俺は一瞬呆けてしまった。


「……あ、いや、してないぞ」


 そしてバカ正直にそれに答えてしまう。


「えー、そうなんですか? せんせーカッコいいのに。ねぇサーシャ?」


「……フ」


(あ、こいつ鼻で笑いやがった)


 どうやらサーシャはミコに対しては無視をしないらしい。ミコの言葉に反応し、チラリと俺の顔を覗き鼻で笑ったあと、さらに目でバカにしてきた。彼女はよく分かっている。目は口ほどに物を言うことを。


「じゃあ彼女はいるんですかー?」


 今度はキースだ。ニヤニヤしながら意地悪く聞いてくる。


「……ノーコメントだ」


「ふーん、これはいないですね」


「あぁ、いないだろうね」


 キースは勝手に決め付けた。そして隣のケルヴィンも同意見のようだ。だが、真相は闇の中。勝手にいないことにしておけばいいさ。まぁいないけど。


「ん? なんだアマネも質問があるのか? いいぞ?」


 どうやら窓の外の誰かとの会話は終わったみたいだ。アマネが静かに手を挙げていた。


「センセイは生きていますか?」


「…………ちょっと待ってくれ」


 予想外すぎる質問のため、一瞬固まる。だが、少し考えればある意味でアマネらしい質問だとも思えるから不思議だ。これは恐らく単純に生命活動をしているかどうかという質問ではないだろう。俺はその質問の本質を考える。


「あぁ……、俺は自らの意思を持ち、ここに立ち、みんなが何を思っているか考えながら喋っている。これはつまり俺が生きているということじゃないだろうか?」


「……証明できる? センセイの意思は本当に自分の意思? 誰かに操られていない? 私がそう言ったら反射的にそう言うようにプログラミングされていない?」


「…………証明はできないが、操作なんてされていないと思うぞ? 俺ってそんな機械的な人間に見えるかな?」


 その真剣な表情に少しだけドキリとする。普通であればこんな問いかけは何をバカげたことを、と笑い飛ばすがアマネの平坦な声は真に迫るものがあった。


「……そっか。それならいいです。ありがとうございました」


「あぁ、なんだかすまないな」


 恐らく彼女にとって満足の行く回答ではなかったのだろう。アマネはそっけなくそう言うと、またノートにカリカリと何かを書き始めてしまった。アマネ──まったく読めない少女である。


「さて、他に質問はあるか? と、言っても明日からも会うんだから無理して今考えずに明日以降聞きたいことがあれば聞いてくれ。ただし、先生はあまり面白みのない人間だから期待はするなよ」


 一旦質問に区切りがつきそうだったため、俺は精一杯の茶目っ気をこめてそんなことを言う。だがしかし──。


「差し出がましいようですが先生。教員に必要なのは面白みでなく、厳格さや指導力だと思いますので心配は無用かと」


 返ってきたのはまったく面白みのない返事であった。ヒューリッツとの会話のやり取りはただでさえ笑いのセンスがない俺をより際立たせることとなった。さらに言えば、俺に面白みどころか厳格さや指導力があるかどうかすら怪しい。これはつらい。


「委員長、あんまり先生をいじめてやるなよ」


「だなー。おい、レオもなんか言ってやれよ」


「知らねー」


 キース、ケルヴィンはそんな俺とヒューリッツの会話をバカにするように囃し立てる。レオはまだ不機嫌なままだ。ヒューリッツの方をちらりと覗けば、彼は自分がからかわれているということに気付いていないようで真剣に今の言葉について考えている様子だ。


「ミコはせんせーのこと面白いと思います!」


「あぁ、ありがとう」


 現状、クラスで一番俺の味方でいてくれそうなミコが勢い良く手を挙げながらそんなフォローをしてくれる。眩しい。俺の腰くらいまでしかない少女に励まされる日が来るとは思ってもいなかったため奇妙な感覚を覚える。ヒューリッツ? 彼も味方であることに違いはないのだが、無自覚にフレンドリーファイアーをしてしまうため、少しだけ注意が必要だな、と感じている。


「さて、今日のホームルームはここまでにしようか。明日からは本格的に授業を始めるから気を引き締めるように。よし、委員長号令!」


「? 僕でしょうか? それに号令とは?」


「え? ヒューリッツは委員長じゃないのか?」


「このクラスでその役職についたことはありません。ただ、クラスメイトからはそう呼ばれていますね」


 どうやらヒューリッツの委員長は役職ではなく、単に性格を象徴したあだ名だったようだ。


「……じゃあ他に委員長はいるのか?」


「いえ、このクラスにそういった役職の者はいないと承知しています」


「……そっか。じゃあヒューリッツ、悪いけど委員長やってくれるか?」


「えぇ、分かりました。それで号令とは?」


「……このクラスは授業とかホームルームの始まりと終わりに号令がないのか?」


「ありませんね」


「じゃあ今までどうやって始まって、終わってたんだ?」


 そこまでヒューリッツと話したところでキースがニヤニヤしながら言葉を挟んでくる。


「なんとなくですよ」


「うん、なんとなくだねー」


 どうやらこのクラスには号令という概念すらなかったようだ。

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