第31話 譲れないモノ

 短髪の赤髪の少年、レオは勢いよく立ち上がり俺にそう抗議した。だが冷静に考えて欲しい。


「いや、お前ひとを二度もおっさん呼ばわりして、いや今のを入れたら三度目だぞ? しかも教師だと分かってからも、だ。さらに俺の尻にあれだけダメージを与えておいて……。よし、まずは最初の教えだ。覚えておくんだぞ? 人間関係というのは鏡だ。特に悪意には、な」


「……? 何言ってんだ? あ、もう自己紹介していいか?」


「……どうぞ」


 俺は少しだけイラっとしたが、ここで癇癪を起こせば、それこそ子供と同じだろう。グッとこらえて笑顔を見せる。どうやら教師とは耐え忍ぶことから始まるらしい。


「うっし、俺の名前はレオだ! 生まれはここエルムな! で、趣味は剣! 将来の夢は王国騎士団団長だ! 魔法剣士になってアゼル様を越える! へへん」


 レオは目を輝かせながらそう宣言した。


(アゼルか……。あいつ元気してるかなぁ。弱くなって……るわけないよなぁ。うちの生徒たちの夢はすごく大きくていいな……)


 俺は三年間同じ教室で過ごした元クラスメイトを思い出し、少し遠い目をする。アゼルとは当然何度も模擬戦をした。天に二物を与えられたものは存在するらしい。アゼルは魔法の天才であり、剣の天才であった。そしてそれにあぐらをかかずに努力を惜しまない、まさに傑物とも怪物とも呼べる存在だ。


「アゼルなぁ……。うん、レオいいじゃないか。俺もアゼルがお前にこてんぱんにされる姿を見てみたくなった。頑張ろう」


「はぁ? おっさんなんでアゼル様を呼び捨てにしてんだよ」


 折角気合を入れてレオとも頑張っていこうと言った矢先にこれである。そろそろ怒っていいんじゃないだろうか?


「……レオ? いいか、俺は二十九だ」


「おっさんじゃん」


「……それにお前の憧れるアゼル様も二十九だ」


「? だから?」


「お前が俺をおっさんと呼ぶなら俺はアゼルをアゼルのおっさんと呼ぶ」


 俺がそう宣言するとレオは一瞬目を丸くして固まる。そして──。


「……はぁ!? っざけんなよ! アゼル様をそんな風に呼んだら怒るぞ!」


「いーや、呼ぶね。よし、レオ、俺と頑張ってアゼルのおっさんを倒そうな」


 顔を真っ赤にしてレオが食って掛かってくる。ついつい俺も売り言葉に買い言葉だ。そしてそんな俺の言葉にレオは拳を握り締めながらフルフルと震え──。


「……斬る。ぜってー斬るっ!!」


 教室の後ろに立てかけてある大剣に手を伸ばそうと駆けていった。


「おい、レオ悪かった。待て、それはダメだ」


「なんだよ、今更ビビったのか? でも俺は俺をバカにされるのは許せてもアゼル様をバカにするやつは許さない」


 はっきり言おう。俺はビビっていた。こんな狭い教室であの大剣をブンブン振り回されたらどうだろうか。下手をしたらクラスが血の海と化す。未来ある若者の命を散らさせるわけにはいかまい。大剣を握り、睨んでくるレオの元まで俺は急いで・・・駆け寄った。


「レオすまない。俺が言い過ぎた。アゼル様をバカにした件は謝る。だからどうか許してくれないだろうか?」


「!?」


 恐らくこの動きを目で追える生徒はいなかったろう。レオも急に現れて柄を押さえる俺に驚いている様子だ。慌てて剣を引き寄せようとしたようだが、残念ながらそれは叶わない。


「……チッ。もういい。でも二度目はないからな。もうバカにすんなよ」


「あぁ、約束だ」


 どうやら一度目は許してくれるらしい。子供だと侮っていたがどうやら譲れないモノが強くあるようだ。勉強になった。


「さて、みんな自己紹介をしてくれてありがとう」


 俺は教壇に戻り、クラスの空気をリセットするようにわざとらしく明るく大きな声を出す。だが、そう何度も仕切り直しができるほど、空気というものは軽くない。レオはぶすっとしているし、サーシャは相変わらず外を見ている。アマネはノートに熱心に何か書き込んでいるし、キースはケルヴィンの方に体を向け、ヒソヒソと何か喋っている。


(ミーナ……教師って難しいんだなぁ。俺はたった七人の生徒すらまとめることは無理みたいだ……)


 そんな生徒たちを見て、少しだけ幼馴染に弱音を吐きたくなったのであった。


「おい、みんな先生が喋っているんだからきちんと前を向いたらどうだ」


 そんな空気の中、ヒューリッツが生徒たちをたしなめてくれる。気持ちはありがたいのだが今は逆効果であろう。教室の空気は悪化する一方だ。


(さて……どうしたもんかねぇ。 ん?)


「はいはいはーい!」


 そんな時、一人だけニッコニコの笑顔だったミコが勢いよく手を挙げた。


「ん? ミコなんだ?」


「せんせーの自己紹介がまだです!」


 なるほど、言われてみれば自己紹介らしい自己紹介はしていなかった。


「確かに。ミコありがとう。よし、先生の自己紹介をするぞ? 名前はさっきも言ったがジェイドだ。姓はない。生まれはパージ村だな。それで王都の学校に入って、卒業後は魔法局に勤めていた。まぁそこで色々あってこの歳になって初めて教師という仕事に就くわけだ。趣味は魔法の研究だな。特に攻撃魔法が派手で好きだ。ハハハ、子供っぽいだろ? んで、夢はこのクラスのみんなが魔法を使えるようになること。こんなところだな」


 俺は自己紹介を終える。レオやサーシャもどうやら耳は傾けてくれているようだ。アマネ? 彼女は何やら電波を受信したようで窓の方に顔を向け、ぶつぶつと独り言を言っていた。サーシャ以上に扱いが難しそうであった。

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