第29話 思春期の女子は大病を患うことが稀によくある

「……ひとまず席につきなさい」


「はーい」


 俺はとりあえず仕切りなおしをしたかった。教員生活一日目、はじめの一歩でこれだけのことが起きれば混乱もするだろう。まだヒリヒリと痛むお尻を押さえて教壇の前へと向かう。当然、ほかに罠がないか慎重に警戒しながら。


「もうないですよー」


 赤髪の少年とは別の金髪でメガネをした大人しそうな少年からそんな声が掛かる。


「あぁ、ありがとう」


 なぜか俺は素直に礼を言ってしまった。いや違うだろう。イタズラを仕掛けた側の生徒たちに礼を言うのは違うはずだ。だが──。


「……ふぅ。みんなおはよう!」


 一旦仕切りなおすためにも俺は教壇の前で長く息を吐き、笑顔を作って挨拶をする。顔を上げれば七人の生徒が無秩序な机の並べ方で座り、こちらを見つめていた。いや、若干一名黒髪の少女は窓の外を向いているが。


「ハッハッハ、いや先生驚いたぞ? あのイタズラを考えたのは誰だ?」


 ひとまず色々言いたいことはあるが、余裕があるのをアピールするためにも怒りはしない。あえて笑う。それにこっちの方が生徒も名乗り出やすいだろう。だが、その問いに手を挙げる者はいなかった。


「ふむ。まぁいいだろう。先生も君たちくらいの年頃にはよくイタズラをしたものだ。だが、あまり度が過ぎるものはダメだぞ? ハッハッハ。さて、始業式でも挨拶をしたが、今日からこのクラスの担任になることになったジェイドだ。みんなよろしくな?」


 俺はイタズラを不問にし、明るく大らかな先生像をイメージして、生徒たちに挨拶をする。残念ながら生徒たちの反応はイマイチだ。


「あー、コホン。まぁお互いのことを知らなければ何も始まらないし、まずは自己紹介をしようじゃないか。名簿順にいこう。まずはアマネ」


 俺はアマネの方を見ながら名前を呼ぶ。当然、事前資料で七名の生徒たちの名前と顔くらいは覚えてきている。アマネは濃い目の紫の髪をボブカットにしている少女だ。髪の色は魔力量の先天的な才能を示す。その中でも紫は最上級。つまり才能だけで言えばアマネは宮廷魔法師にだってなれる逸材だ。だが──。


(……なぜ右目に眼帯と左手に包帯を巻いているんだ? 怪我や病気はないと資料には書いてあったが、冬休みに何かあったのだろうか?)


 俺はその眼帯と包帯にあまり視線が集中しないよう気をつけながらアマネの自己紹介を待つ。


「……私は異界より転生せし魔の王。あまねく闇の混沌から這い出で、幾重の世界線を越える超越者。真名は教えることはできない。なぜならばその名を呼んでしまえば私の中の呪いが解き放たれてしまう。エル・プサイ・コングルゥ」


 アマネは謎の言葉を吐き捨てた後、満足そうに着席した。どうやらこれで自己紹介は済んだらしい。


「…………」


 だが当然俺は何を言っているのかさっぱり分からなかった。エルプサイコングルゥ? 魔言であろうか? 異界? 転生? 世界線? 真名? 疑問はつきないがここで彼女を頭のイカれた少女として扱ってはいけないだろう。


「あー、アマネ、すまなかったな、自己紹介をしろと漠然と言われても困るよな? その例えばどういう魔法を使いたいとか、将来の夢とか、出身はどことか。趣味は、とかそういう簡単なものでいいんだ? できればもう一度もう少しだけ簡単に自己紹介をお願いできないか?」


 俺は責めるつもりはないという意思を乗せて、微笑みながらゆっくりと諭すようにそう告げる。アマネはやれやれ、やはり貴様もを超えられないかと小さく呟き、再度立ち上がる。


(アマネ? 先生に対して貴様と言ってはいけないぞ?)


 言葉がそう出掛かったがグッとこらえる。ここで彼女との関係を悪化させてしまえば恐らく今後彼女とはまともなコミュニケーションが取れなくなってしまうだろうから。


「使いたい魔法はドラグスレイブ。将来の夢は海賊王、出身は王都、趣味は学院に急にベヒーモスが現れたときに颯爽と魔法で撃退して、みんなから賞賛を浴びるという妄想をすること」


「……ありがとう。良い趣味だ。座ってくれ」


 心が折れそうであった。思春期の少女が何を考えているのかがまったく分からなかった。ひとまずアマネという少女に関しては時間をかけて理解していこう。俺はそう思い、次の生徒はまともであってくれと祈るのであった。


「あぁー、次はキース」


 先ほどの金髪メガネ君だ。キースはなんとなく尊大な態度で立ち上がるとメガネをクイッと上げ、ドヤ顔で自己紹介を始めた。


「キースです。家はこのエルムで鍛冶屋をやっています。将来の夢は魔工鍛冶師マギスミスです。趣味は鍛冶とイタズラ。よろしくお願いします」


 なるほど、イタズラは彼も加担しているようだ。堂々と趣味にイタズラなどと言ってきた。俺が怒らない教師だと思って舐めているのだろう。まぁあまり舐められるのはよくないのだろうが、今はまだ我慢のときだと思い、その言葉は流す。むしろそれより、魔工鍛冶師になりたいという言葉に目を見張る。


 魔工鍛冶師はロマン職だ。鍛冶の工程を全て魔法で行い、魔法武器マギウェポンと呼ばれる武器を作るのだが、これがまぁ難しく成功率が低い。その中でもAグレードと呼ばれる上級武器以上の作品は熟練の魔工鍛冶師でも数十本に一本という世界だ。


 だが、そんなつまらない現実に負けず、夢を追い続けて欲しいものである。


「魔工鍛冶師か、いい夢だ。その夢のためにもまずはこの学院で一緒に頑張ろうな。座ってくれ。次はケルヴィン」

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