第28話 他愛もないイタズラ
「──では、今学期から新しくこのエルム学院に就任することとなった先生を紹介します。ジェイド先生」
「はい」
呼ばれて立ち上がる際、ベント伯にとてもいい笑顔で背中を軽く叩かれる。俺はペコリと会釈を返し、壇上へと上がっていく。
「皆さん、おはようございます。紹介に与かりましたジェイドと申します。所属は魔法科で、一学年の努力クラスの担任としてお世話になります。今日からどうぞ宜しくお願いします」
短い挨拶を終えた俺はすぐに壇上を降りる。人前が苦手というほどでもないが、数百人から好奇の視線が突き刺さる経験などは少ないため、やはり少々緊張した。
こうして始業式でのミッションを無事クリアし、式は閉会の言葉となる。
(さて、ここからが本番だな。第一印象が大事だからな)
そう、この後は各クラスに戻り、ホームルームとなる。そこで俺はついに自分が指導する生徒たちと対面となるわけだ。しかも他の先生方もホームルームがあるため、付き添いは誰もいない。まぁ、することと言えば自己紹介くらいなものなのだが。
生徒たちが戻っていったのを確認したあと、教師陣たちも自分のクラスへ向かっていく。いよいよだ。
「ほら、ジェイド先生、笑顔、笑顔」
「あぁ……、そうだな」
魔法科の普通クラスと努力クラスは隣同士。ミーナと一緒に魔法塔の階段を上っている最中そんなことを指摘される。どうやら顔がこわばっていたようだ。俺は無理やり笑顔を作ってみる。
「……不気味だね」
「……あぁ、なんとなく自分でも分かる」
引き攣っているであろう笑顔を浮かべた俺に対し、ミーナは少し困った顔で失礼な感想をもらす。だが、自覚があるため強くは返せない。
「フフ、まぁでも緊張するってことは真剣に考えている証拠だよ。ジェイド先生なら大丈夫。はい、頑張ってね」
「お、おう」
魔法塔の四階まで上ったところでミーナに背中を叩かれる。エルム伯より大分強めだ。そして笑顔で自分の教室へと入っていった。
「ふぅ、頑張りますか……」
普通クラスを通り過ぎれば、すぐに扉が見える。ここが今日から俺の戦場である。一つ深呼吸をして、扉に手をかけようとする。
「ん?」
しかし手をかける寸前で違和感に気付く。扉が少し開いていたのだ。視線を上方に──。
(黒板消し……。またベタなイタズラをするもの──)
「んん?」
ベタなイタズラに頬を緩ませ、ひっかかってあげるべきか、注意すべきか。そんなことを考えながら視線を下ろす──と、またしても違和感に気付く。
(足元に紐が張られているな。なるほど、上方の黒板消しに注意が向けば足元にひっかかり、紐に注意が向けば黒板消しに当たる、と。なるほど、中々手が込んで──)
「んんんっ?」
二重のトラップに感心していると更に更に気付いてしまう。
(紐の奥に細いワイヤー……だと? どこに繋がっている……?)
張られてた紐は太めの赤い紐でかなり目立つ。そしてそのすぐ先、紐にひっかからずにまたげば踏んで切れるであろう位置にかなり細く透明なワイヤーが張られていたのだ。何かしらのトラップだと思うのだが、そのワイヤーの先は扉の隙間からは確認できない。
(上等だ。全て回避してやろう)
これは生徒たちからの洗礼。あえて真正面から全て受け止め、乗り越えてみせる。そうすることで初めて生徒たちから担任と認められるというものであろう。
「……ふぅ。いくか」
覚悟を決めて扉に手をかける。サッと開けながらピョンっと紐を飛び越える。重力に従い落ちてくる黒板消しを避けるためだ。ズゥゥン。余裕を持って避けたはずの黒板消しがとても黒板消しの落下音とは思えない音を立て床にめりこんでいた。
プチンッ──。だが黒板消しに意識を割いてる暇はない。飛び越えた先にあったワイヤーを踏み抜き千切ったのだ。すぐさま左右を見渡しワイヤーの行方を探る。
パカッ。カチ──。
後ろから何かが開く音と歯車が動く音が小さく聞こえた。
(ヤバイッ)
咄嗟に振り向く。壁にかかっていた絵画が持ち上げられ、その壁の奥のくりぬかれた部分にボウガンがセットされていた。それを視認するのと同時に矢が射出される。
「んりゃっ!!」
眼前に迫る矢をなんとか両手で挟み取る。そして掴んだ矢の先端を見て少しだけホッとする。どうやら布が詰められた袋が矢尻になっており、殺傷性はないようだ。
(いやいや、黒板消しは殺傷性があったよな?)
矢をそっと置いたあと、立ったまま腰を曲げ、床にめりこんだ黒板消しを持ち上げようとする。見た目や触った感触は普通の黒板消しである。だが持ち上げた時の質量が違う。中に明らかに金属が仕込まれていた。
「隙ありぃぃぃぃいい!!」
「はうぁっ!?」
黒板消しについて調べていると、ものすごい叫び声とともに臀部に燃えるような痛みと衝撃を感じる。あまりの痛みに尻を手でおさえながらゆっくり振り返る──。
「な、なにをした……」
「カンチョーだ! ようおっさん! うちのクラスの担任だったんだな」
今朝すれ違った赤髪の少年がカンチョーのポーズをしながらドヤ顔を決めていた。
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