第27話 懐かしき学生時代

 それからしばらく経つと職員室に続々と教師たちが出勤してくる。そして職員朝礼開始時刻ギリギリのところでフロイド先生が入ってきた。寝坊でもして走ってきたのだろうか、息を切らしている。


「ふぅー。朝のランニングは気持ちがいいものだな。いやぁ魔法師たるもの体力が資本。アッハッハッハ。おや、ミーナ先生もういらしたのですね? おはようございます」


「えぇ、まぁ。おはようございます」


 別に誰からツッコまれたわけではないが、フロイド先生は職員室の入り口で高笑いしながらそんなことを呟いていた。いや、呟いていたというには少し声量が大きすぎる。そして早速ミーナに視線を向けてきた。隣にいる俺も挨拶をしないわけにはいかまい。


「おはようございます。フロイド先生」


「ん? あぁ、君か。いたのか。とりあえずおはよう。で、なぜミーナ先生の隣に座っているんだね?」


 ミーナへの挨拶とは随分違う。だが、理由は分かっているためとくに腹も立たない。しかし、あまり関係が悪化するのは避けたい。フロイド先生は上司で今後避け続けるわけにはいかないのだから。


「えぇ。ひとまず自分の席が分からなかったので、ミーナ先生が退職された前任の先生の席に、と」


「ほぅ! 流石ミーナ先生、機転が利いておりますな!」


「ありがとうございます」


 まるで冗談のような変わり身の早さだ。そして仮面のような笑顔で礼を言うミーナ。俺は俺で苦労しそうだが、ミーナは随分今まで苦労していたんだなと、ふとそんな風に思う。


「皆、おはよう」


 そしてその後ろからは学長であるベント伯が現れた。フロイド先生はササッと自分の席に戻り、澄ました顔で学長に挨拶を返していた。なんだかんだで抜け目のない人である。


「さて、全員揃っているかな? ……ふむ、遅刻や欠勤はどうやらいないようだ。幸先の良いスタートで喜ばしいよ。では、朝礼を始める。今週からの司会は──ミーナ先生か。ではよろしく頼むよ」


「はい。──皆さんおはようございます」


 ミーナが名前を呼ばれると前まで出て行き、朝礼の司会を務めるようだ。聞いた話しでは朝礼の司会は一週間毎の持ち回り制。しばらく新任である俺には回ってこないが、いつかは回ってくるため、ミーナの一挙一動を見て参考にする。


「──次に本日の学長の予定ですが」


 ミーナはスラスラと朝礼を進行させていく。つまるところも緊張する様子も見られず堂々としたものだ。


「では、本日もよろしくお願いします」


 そして見事朝礼を締めた。途端にざわつきはじめ、席を立つ教師たち。これから始業式があるため、生徒たちを連れて議事堂へ向かうのだ。そんな中ミーナも席に一度戻ってくるが、別に気取った様子もなく至って普通だ。なので、俺はそっと賛辞を送る。


「ミーナ先生すごいじゃないか。司会かっこよかったぞ」


「え? 別に普通だよ? みんなしていることだし」


「いやいや謙遜するな。あのミーナが人前であんなに堂々と喋るなんて俺は感動したぞ」


「もう、恥ずかしいからやめて。あと、ジェイド先生は八歳の私のイメージをひきずりすぎ」


「ハハハー、確かに」


 俺は思い当たる節が多すぎて笑うしかなかった。だが、根っこの部分は変わっていなくてよかった。ミーナはミーナだ。もっとも気心が知れ、居心地がいい相手である。


「おい、二人とも? おしゃべりはいいが、遅刻はするなよ?」


「大丈夫です。じゃあ、ジェイド先生は先に行っててね」


「あいよ」


 目の前にいるスカーレット先生からそんな言葉をかけられ、二人は生徒たちのもとへ向かった。努力クラスの子たちは他の先生が連れてくるということなので、俺は先に向かうことになっている。




「……すごい数だな」


 議事堂に着いてしばらくすると、どこに隠れていたのかと思う数の生徒たちで溢れかえった。生徒たち一人ひとりの話し声はたいしたことないのだろうが、如何せんこれだけの数だ、凄まじい騒音となる。


「俺はこの元気な若者たちを指導していくのか……大丈夫かなぁ」


 そしてつい、若々しいエネルギーにあてられジジくさいことを呟いてしまう。


「ハハ、心配かね? 色々な子たちがいて楽しいものだよ? それに青春している姿を見守っていると自分まで気持ちが若返るというものだ」


 そんな呟きに反応したのは隣に座るベント伯だ。愉しげにそんな言葉を返される。


「……そんなものですか」


「そんなものだよ」


 それ以降は教師まで騒いでいるわけにはいかないため、黙って始業式が始まるのを待つ。全学科の生徒が集まったのだろう。司会を務める教師が生徒たちに静かにするよう一度注意し、式が始まった。


 まずは学長の挨拶。魔法局時代色々なお偉い方の挨拶を聞かされる機会はあったが、中々どうして学院での学長挨拶というのは独特の雰囲気があり、それらとは違う。つい、自分の魔法師学校時代を思い出し懐かしさがこみ上げる。


 そして式は滞りなく進み、ついに新任紹介となる。俺はここで紹介されるわけだが、なんということはない。所属と名前を名乗り、礼をするだけだ。

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