第26話 この世界には二種類の人間しかいない。すごく察しがいい人かすごく察しが悪い人か、だ。
(ふむ。昨日はなかったのにしっかり名前が書いてあるな)
職員の下駄箱で来賓用のとこを使おうとしたら、その横にきちんとジェイドという名前が書かれた下駄箱が用意されていた。パカリと開けてみる。当然、中には室内履きもなければ、ラブレターも入っていない。そして画鋲も入っていなかったのに胸を撫で下ろしたのは秘密にしておこう。
下足を下駄箱にしまい、鞄の中から用意しておいた室内履きを取り出す──と、言ってもサンダルだ。
そして俺はパタパタという音を響かせながら職員室を目指す。この時間に登校している生徒も僅かではあるが存在し、挨拶を交わす。それぞれの科で見慣れない教師も多いのだろう。特に不審がられることもない。
しばらく歩くと職員室の表札が見えた。
職員室の前までは案内してもらったが中に入るのは初めてである。別に後ろめたいことはないのだが、なんとなくそろりと扉を開け、小さな声で失礼しますと言いながら入る。
「ジェイド先生おはようございます」
「ジェイド先生おはよう。随分早いな。感心感心」
扉からすぐの机に向かい合ってミーナとスカーレットさんがいた。ひとまず知り合いを見つけたので安心する。そのほかにもまばらに席は埋まっており、幾人かの先生とは挨拶を交わす。
「それでミーナ先生? 俺の席って決まってるの?」
特に悪意らしい視線は感じないが、それでも奇異の視線は集まる。立ったままではいたたまれない。俺は自分の席という城で専守防衛に務めたかった。
「えぇと、クローデッド先生は私の隣だったし、ひとまず座っておいたら?」
「おう、そうだな。助かる。ハハ、ここでも隣になるかもな」
「? なんのことかな?」
ミーナの隣の席に座ってそう言うがピンときていないようだ。案外察しが悪いところがあるな、なんて思っているとミーナが無表情で小さなメモ用紙にペンを走らせた。仕事だろうか? だとしたら邪魔をしてはいけない。俺は自分の鞄から資料や教科書を取り出し自分は自分で仕事の準備をしようとする。
「ん? なんだ?」
だが、ミーナの方からトントンと机を指で叩かれる。何事かと振り向けば、先ほどのメモが俺に見えるように置かれている。
「…………はい、了解いたしました」
そこには──隣に住んでいることがバレたら追い出す、と書かれていた。恐ろしい。彼女には賃貸契約の権利など何一つないはずであろうに、追い出す気になったら即日退去させられる未来が容易に想像できてしまった。
そして、そんなとき狙ったかのようなタイミングでスカーレット先生が話しかけてきた。
「おー、そう言えばジェイド先生はエルムに部屋は用意できたのかな?」
「……えぇ、まぁ?」
「昨日、今日だと言うのに手際が良いな、流石だ。ちなみに興味本位で聞くのだがどこらへんかな?」
「え? あぁー、えぇと、あっち? か……こっちかな? ちょっと校舎を何度か曲がっていたら方角が分からなくなってしまいましたね……」
「ほー、なるほどね。ちなみにこれを聞けば見当がつくかも知れないんだが、ミーナ先生の家はあちらだ。これで分かるかい?」
「え? ミーナの家はそっちじゃな──な、な、南南西ですね。俺の家は確かこの学院から見て南南西です。間違いないです」
危ない、危ない。スカーレットさんの巧妙なカマ掛けにあやうく引っかかるところであった。
「なるほど、南南西か。偶然にも私と同じ方角だな。帰り道が一緒になることもあるだろう。よろしく頼むよ」
「えぇ、えぇ是非」
そこで俺とスカーレットさんはとても爽やかな笑顔でこの話題を終える。どうやら無事乗り切ったようだ。褒めて欲しい。これでも十年以上魔法局という化かし合いの
「ふぃぃ。喉かわいたー。お茶でも飲もうかな。なぁ、ミーナ先生? あのお茶って勝手に──ヒッ!!」
ミーナは笑顔だった。意味が分からない。なぜ、怒っているのだ。
「スカーレット先生、今晩少しどうですか?」
「あぁ、もちろんいいとも。いい肴もありそうだしな」
そしてそんなビビっている俺を無視し、ミーナは顔を正面に向けるとスカーレット先生をお酒の席に誘ったようだ。スカーレット先生はとても良い笑顔でそれを了承する。よほどその店に美味しい肴が入ったのだろう。
ひとまず何に怒っているかは分からないが、この話題を口にすれば火に油を注ぐようなもの。スカーレット先生に意識を向けたことにこれ幸いと思い、ミーナから視線を外し、そそくさと自分の作業に戻ろうとする。
「……ん?」
そんなとき、先ほどのメモ用紙が視界の端で揺れる。いつの間にか『ジェイドも参加』と追記されていた。この流れだと今夜のお酒に付き合えということだろう。そして、俺がそれに目を通したと察するやいなや、ミーナはそのメモ用紙を指で何度も引き裂いた。それはまるで俺の未来を暗示するかのようで胃の辺りがシクシクしたのは言うまでもない。
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