第25話 男の人ってみんなおバカさん

「さて、そろそろか……」


 俺は時計を見る。午前七時、今日から教師としての一歩を踏み出すこととなるわけだが──。


(なんだか今になって緊張してきたな)


 ようやく自分が教師になるということに実感がではじめ、少し緊張しているのであった。そんな時、ノックの音が聞こえてくる。


「はーい、今いくー」


 支度はとうに終えていたため、荷物を持つとすぐさま玄関へと駆けていく。そして扉を開けば当然そこにはミーナだ。


「おはようジェイド」


「ん、おはようミーナ」


 ミーナは昨日と同じようにやや堅苦しい格好だ。恐らくこれが彼女の中の教師像を反映した服装なのだろう。そんなことを思う俺の格好はと言えば──。


「フフ、ジェイドなんだか服に着させられている感じだね」


「あぁ、あまりこういう堅苦しい格好はしなかったからなぁ。魔法局の時の制服はもう少し動きやすかったし……」


 同じように堅苦しい格好なのだが、あまり着こなせているとは言えなかった。


「もう、どんな着かたしたの? シャツの後ろ襟だけ立ってるなんて……。はい」


「ん? マジか。あぁ、ありがとう」


 鏡を見たときは気付かなかったが後ろ襟が立っていたらしい。ミーナが少し背伸びをして、直してくれる。だがこれは傍から見れば──。


(抱き合ってキスしているようにも見えるだろうな……。うちの幼馴染はこういうとこ無頓着だな……)


 朝からイチャつく新婚のようであろうと思った。だが別に俺は今更ミーナがこの距離にいても動揺はしない。


「……どうしたの? 顔赤いよ?」


「ん? さぁ? 寒いからじゃないか? ほら折角早くに出ると決めたんだ。出よう」


「むぅ、半分はジェイドのせいじゃない」


「そうだったな、ハハハ、すまんすまん」


 訂正しよう。ほんの少しだけ、ミーナから漂ってきた大人の女性の匂いにドキリとさせられた。だが、そんなことを正直に言えばバカにされるであろう。俺は誤魔化すように階段を下りるのであった。




「さて、じゃあ道覚えてね? 明日からは一人で行くんだよ?」


「俺は子供か。言われなくても一度で覚える。と言うよりいざとなればなんとなくの土地勘でもたどり着けるぞ」


 ミーナは歩き始めるとすぐにそんなことを言ってくる。俺は別に方向音痴ではない。むしろ、道や方向などの覚えは良い方だ。そしてミーナと一緒に歩き、何度か道を曲がったところで違和感に気付く。


「なぁ、なんで遠回りしてるんだ?」


 大きく外れているわけではないが、遠回りであることに気付いたため、そう指摘する。誰かに見られるのはマズイからという理由で朝早く出たのに、わざわざ遠回りをして誰かに見つかるリスクを増やすとは考えにくい。


「……なんとなく」


「え!? まさかのそんな理由か!?」


 出てきたのは驚きの理由であった。子供の頃はさておき、大人になったミーナの考え方は理論的だと思っていたため、なんとなくで遠回りするとは到底思えない。


「いや、嘘だろ。遠回りして余計時間が掛かったら誰かに見られる可能性も高くなるんだぞ? 言ってることとやってることが矛盾している。あっちの道ではダメな理由があるなら教えといてくれ」


 俺は最短距離になるであろう道を指さしそんなことを言う。ミーナは少し考えた後、耳に顔を寄せ小さな声で本当の理由を教えてくれた。


「……たまにフロイド先生に会うの。……というより待ち構えられているというか」


「……あぁー、なるほど」


 俺は様々な悪意を経験してきた。その中に当然嫉妬もある。宮廷警護課という地位や、魔法の腕、三傑という二つ名──とにもかくにも平民である俺が目立っていることが気に食わない貴族からのそういう視線は慣れっこだ。


 そして昨日、フロイド先生からもそういう視線を感じた。それはつまり嫉妬であろう。どうやらフロイド先生はミーナに恋心を抱いているようだ。そこに急に親しげな存在──幼馴染が登場したら動揺もするだろう。


「その感じだとミーナは……あんまりって感じか」


「……察して」


「お、おう」


 ミーナの目からハイライトが消えた。まぁ相手は同じ職場の上司。あまり無碍むげにもできないんだろう。


 それからはミーナの道順に文句を言わず黙って歩き続ける。遠回りと言っても複雑怪奇な道順ではなく、一本隣の細い路地などを使っているだけだ。二十分ほどで到着する。


「……ふぅ。はい。じゃあジェイド先生頑張ってね?」


「あぁ、ミーナ先生ありがとう」


 ミーナは学校が見えたあたりで先に行くからとそそくさと駆けていってしまう。これはつまり俺は待った方がいいということであろう。そして時間を潰すこと五分。


「おっさん邪魔だよ! どいたどいた!」


「……ん?」


 なにやら後ろからあわただしい声が聞こえてくる。振り返れば──。


「あぶなっ」


 自分の背丈ほどもある大剣を担いだ赤髪の少年が狭い路地を猛スピードで駆けてきた。あやうくぶつかりそうになるが、俊敏な身のこなしでギリギリを通り過ぎていく。エルム学院の制服を着ていたことから騎士科の生徒であろう。そしてそんなことを考えている間に少年の背中は見えなくなってしまった。


(うぅむ、今のは教師だったら危ないから気をつけなさいと注意したところだろうな……)


 見知らぬ生徒に対し、折角の教師らしいことをするという機会を逃してしまった。しかし、それより──。


(おっさん、かぁ。自分で言うのはいいんだが、なんで他人からましてあのくらいの年代の子から言われるとグサッとくるのだろうか……)


 おっさんと呼ばれたことにちょっぴり傷ついてしまった。


 そして俺は一つため息をつき、頭を振る。そのあと、ゆっくりとした歩みで学院へと向かうのであった。

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