第24話 捻くれものの辺境伯

「フフ、何うなだれてるの? ジェイドにはジェイドにしかできないことがあるでしょ? 私だって魔法科の教師なんだよ? 五音節魔法なんて見たら悔しい──を通り越して現実味がなかったか」


 そう言って笑いながらミーナは布巾でローテーブルを拭いていた。ぬかりがない幼馴染である。


「はぁ。よく俺十何年も一人暮らしできたなぁ」


「フフ、ほんとだね。さっ、片付けも終わったし私は帰るね。明日は学院までの道を教えるから一緒に行こうか」


 時刻は十七時。窓から入る明かりはオレンジ色になっており、日が落ちかけているようだ。


「ん。了解」


「じゃあ朝七時にこっちに来るね?」


「随分早くないか?」


 始業式は九時半。職員の朝礼は八時半。ここから学院までの正確な時間は分からないが、恐らく十五分前後であろう。


「私と一緒に出勤しているの見られたら、変な噂が立ってジェイドに迷惑かけちゃうかもだし」


「いや、俺はまぁ別に大丈夫だけど、とりあえず了解。けど、そういやミーナ今朝はフロイ──」


「その話しはやめて」


 表情を失ったミーナからピシャリとそう言われる。


「お、おう……」


 有無を言わさぬ雰囲気だったため、俺はそれ以上言葉を続ける勇気は湧かなかった。


「じゃあ、とりあえず明日七時ね」


 そう言うとミーナはクッションから立ち上がり、玄関を目指す。


「おう。って、クッションとテーブルは?」


「ないと不便でしょ? 私は困らないから貸してあげる」


「あぁ、ありがとう」


「ん。それじゃおやすみ」


「おやすみ。色々と面倒をかけてすまない。ありがとな」


 ミーナはそれに頷き、軽く笑うと扉を閉める。ミーナが出て行った後の部屋はなんだか静かで落ち着かない。


(幼馴染シックかね……)


 エルムにきてからミーナに世話になりっぱなしな自分を少しだけ自嘲し、俺は明日から受け持つことになるであろう生徒たちへの自己紹介を考えるのであった。




 一方その頃、学長室では──。


 コンコン──。


「入りたまえ」


 扉がノックされる。今この校舎におり、私の部屋を訪ねてくるであろう人物は一人だ。まぁ、そうでなくとも最も聞きなれたノック音で誰かは分かる。


「失礼します。学長、今しがたこちらが届きました」


 やはり秘書のブリード君だ。彼は一通の手紙を手にしていた。それを私のもとまで届けてくれると一歩下がる。


「早いな……。まぁ当然ではあるか」


 裏の封蝋ふうろうを見る。予想通りウィンダム城の刻印だ。つまり──。


「中央の貴族たちも本当に暇なのだな……。どれどれ──」


 それは王を裏で操る貴族たちからの手紙。このタイミングだ。内容も察しがつく。当然、三傑でもっとも突出した力の持ち主、ジェイド先生に関することであろう。


「……フフ、やはりな。ブリード君も読んでみたまえ」


 私は手紙を一読したのち、ブリード君に手渡す。


「……では、お借りいたします」


 私はついつい読んでいる最中に笑ってしまったが、ブリード君の表情はまったく変わらない。


「エルムにこれ以上力をつけて欲しくないのでしょうね」


「ッフ、勝手なものだ。王都から追放しておいて、エルムで受け入れるのもダメ。当然国外には出られないように各関所には話しが回っているだろうし、他の辺境伯のところにも脅しがいっているだろう。つまりよほど捻くれものの辺境伯の元か、政治力、経済力がまったくない田舎に行くしかない、と。だが、彼は運が良くも悪くも捻くれものの私のところへきてしまった」


「どうするので?」


「ん?」


 その手紙に書かれていた内容はこうだ──。


『元魔法局、宮廷警護課のジェイドをそちらの学院で採用すると聞いた。彼は協調性、社会性に欠けており教員の資格があるとは到底思えない。採用を取り消し、生まれ故郷であるパージ村へ帰すことを強く勧める。また、これは魔法局および中央貴族会の総意であり、もしこれに従わない場合、追って制裁を通達する』


 そしてそんなものは当然──。


「無視だ。私も貴族だよ? 貴族はわがままなんだ。他の貴族は自分の地位、名声、富や見栄に執着する。私はそれがほんの少しだけ多いだけだ。私の領地の者はすべて守る。そのためなら──」


「えぇ、私は学長の剣にも盾にもなりましょう」


「すまないなブリード君。キミにはイヤな仕事ばかり押し付けて」


「いえ、誰かがしなければならないことです」


「あぁ。だが、この件で中央の連中は小銭をせびってきたりもするだろう。そのときはブリード君の給料は半分カットでいいかね?」


「もちろんです」


 ブリード君はやはり表情一つ変えずそう答えた。


「はぁ。冗談だよ、冗談。私はキミから笑いを取るのが在任中の目標だからね」


「申し訳ありません。ただ私は笑ってもいい人生は歩んでいませんので……」


「ハハハ、それこそ面白い冗談だ。キミが笑っていけないのなら、私はこの世に存在すらしてはいけないだろう」


 その言葉にブリード君はどう返していいか分からないようだ。いやはやウィットに富んだ会話とは難しい。


「さて、冗談はここまでにしよう。今から手紙を書く。渡してくれないか?」


「畏まりました。誰宛でしょうか?」


「あー、かの筆頭だよ。ジェイド先生の元上司であり恩師であるダーヴィッツ侯爵だ」


 宛名を聞くとブリード君は一つ頷く。中央からの手紙は予想できてたため、返す手紙も考えてある。当然、中央貴族に所属するダーヴィッツ侯爵宛てではない。ジェイド先生の恩師としてのダーヴィッツ候宛てに書くのだ。


「……ベント・エルムテンド、と。よし。では頼む」


 私は手紙を封筒に入れ、蝋を押す。パタパタと二、三度振り、乾いたのを確認してからブリード君に渡した。ブリード君はそれを受け取ると、そっと胸元の内ポケットにしまい、一礼したのち学長室を退室していった。


「……さて、ジェイド先生期待しているよ? キミは何も知らなくていい。伸び伸びと生徒を育ててくれたまえ。しかし、いずれ努力クラスを任そうと思っていたが、思いがけず早まったな。フフ、そこの生徒たちは個性は強いが才能はとびきりだ。実に明日からが楽しみだ」


 そして私は誰もいない学長室で一人そう呟くと、首を一つ鳴らし、残っている書類業務を再開するのであった。

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