第23回 洗い物戦争

「ふぅーーー。って、ミーナ全然食べてないじゃんか? どうした具合でも悪いのか?」


「ジェイドが食べるの早すぎるんだよ。それにそっちの勢い見てたらね」


「そうか……。いやぁ、けど美味かったな。久しぶりに実家のカレー食ったような感じだった。けど──」


「けど……?」


「母さんのより美味かったな。ミーナ料理美味くなったんだな。十六年前はまったくできなかったのに」


「八歳の頃のこと言われても、ね。でもデレッサさんのカレーより美味しいってのは嬉しいかな」


 ミーナは顔を上げずにそう言うと、ゆっくりとカレーを食べ始めた。美味しいと本心から伝えたつもりだったが、ミーナの反応は淡白だ。やはり母親の料理と比較する男とか気持ち悪かったのだろうか。


「……なに? 食べにくいんだけど?」


「あー、いやすまん。改めて大人になったミーナと、こうして一緒に食事しているってことが妙でな」


 そして手持ち無沙汰になった俺はミーナをじっと見つめていた。とても綺麗な所作で食事をしている。こういうところは十六年前とまったく違う部分なので、つい違和感と言うか、新鮮さを感じてしまう。


「十六年かぁ、そりゃ変わるよなぁ」


「……ジェイドはそのまま大人になったって感じだけどね?」


「そうか? いやけど何かないか? こう十六年前からここが変わった、とかいうところは」


 つい興味本位でそんなことを聞きたくなる。ミーナは食べる手を止めて、少し考えている様子だ。


「……うーん、私をいじめなくなったところくらいかな?」


「うぐっ。いや、その、ほら思春期だったし?」


「ジェイドが思春期ねぇ……」


「な、なんだよ。俺にだって思春期の一つや二つ──」


「そういえばディーズさんとユウナさんには会ってきた?」


「な、なんでそこで兄さんと、ユウナ姉の名前が出てくるんだよ」


「その感じだと結婚したのは聞いたみたいだね。思春期の思い出でしょ?」


「……う、なぜ、お前まで」


 誤魔化そうとも思ったが、確信しているようだったので諦める。どうして俺の初恋がミーナにまでバレていたのか、謎である。


「ジェイドは分かりやすいから」


「ぐっ。まぁ昔の話しだ。それにあれは初恋と言うほどのものでもない。って、もういい。ほら食え食え」


 なんだかこの話しは続けたら俺の精神がゴリゴリ削られてしまう危険性を感じたため、強制的に終わらせにかかる。


 ミーナは少し微笑んで、その後に言葉は返さず、食事の手を再び動かし始め──。


「ご馳走様でした」


「ん、ご馳走様、本当に美味しかったよ、ありがとう」


 食べ終える。それから礼をし後片付けだ。


「後片付けは俺がやるぞー」


「お願い、と言いたいところだけど心配だから一緒にするね?」


 どうやら俺の信用はまったくないらしい。しかし、逆に言えばここできちんと洗い物ができれば信用回復できるだろう。


「フフン、見てろよ?」


「……? うん?」


 俺は腕まくりし、気合十分にそう告げる。ミーナはピンときていないようだ。だがその油断が命取りである。いざ出陣──。


「まずは今日買ってきたスポンジと洗剤だ!! …………あれぇ? どこへ隠れたっ!!」


 気付いたら今日買ってきた雑貨類は綺麗さっぱり消えていた。どこに消えたというのだ。俺は焦る。


「スポンジはそこの引き出し。洗剤は流しの下だよ」


「おっ、あったあった。よし、では貴様だ! 鍋将軍──」


 俺はコンロに置いてあった鍋をぐわしと掴み流しに置こうとする。だが──。


「鍋は最後にしてね? 油汚れの少ないものから洗おっか」


「……ふん、鍋よ。命拾いしたな。私と次相見あいまみえるまで、精々強くなっておくんだな」


 幼馴染に冷静に注意されたので、そっとコンロの上に戻し、捨て台詞を吐いてみる。


「強くなられると困るから、拭いちゃうね?」


 だが無情にも鍋はキッチンペーパーの猛攻を食らい、もう洗わないでもいいんじゃないかというレベルまで綺麗になってしまった。さらに幼馴染はぬるま湯部隊を投入した。鍋は俺のもとに辿りつくときには既に瀕死であろう。


 結局そのあとも手順を注意されたり、実際にサポートされ、なんとか洗い物を終える。


「洗い物道は奥が深いな。魔法に通じるものがある」


「そんなに奥は深くないし、通じないからね? でもジェイド王都では一人暮らししてたんでしょ? 洗い物とかどうなってたの?」


「ん? まぁ学生時代は寮だったからしなかったし、魔法局時代は一人暮らしだが自炊にかける時間なんかまったくなかったから外で済ませてたな」


「なるほどね……。最後に料理したのはいつ?」


「………………記憶にないな」


 人生を思い返してみる。実家にいたとき母やミーナ、ミーナのとこのおばさんと一緒に料理をした覚えはある。だが、一人で料理を作った記憶はなかった。


「まぁ別に自炊しろとは言わないけどね? 栄養バランスには気をつけてね? でも大人として洗い物くらいはできるようになろうか」


「はい……」


 俺は綺麗にしまわれた食器や調理器具を見てうなだれる。魔法に関しては自信があるし、費やしてきた時間や努力も人並み外れたものだと自負がある。だが、どうだろうか。サラッと家事などをスマートにこなすミーナを見ていると、敗北感を覚えるではないか。

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