第15話 他愛もない家族とのおしゃべり

 母の言葉に男連中三人は揃ってはーいと返事をし、言われた通り手を洗いテーブルに着く。並べられた料理は決して豪勢とは言えないが、十六年前を思い出させるような『いつもの食卓』にちょっとだけ感動する。


「はい、それじゃいただきます」


──いただきます。


 手を合わせ礼をしたあと、懐かしい母の料理に手を伸ばす。


「うん、この雑なハンバーグが好きなんだよなぁ。両面コゲコゲでつなぎが不十分のせいでボソボソなのに不思議とクセになるんだよなぁ」


「あら、あんたこの歳になってまだお世辞も言えないの?」


「いや、だからこのハンバーグが好きって言ってるじゃん」


「はぁ……。だったら素直にママのハンバーグが美味しくて好きって言っておきなさい」


「……三十手前でそれを言ってたら痛すぎるだろ」


 こんな軽口も懐かしい。しかし子供の頃は本気で喧嘩していたので、大人になって喋ってみると新鮮な感じもする。


「ジェイド、お前は何をしている」


 野菜たっぷりのスープを飲んでいると言葉少なに父が尋ねてきた。


「あぁ、そうだな。まず十三でこの村を出ただろ? で、王都のウィンダム魔法師学校に入って三年そこにいて、そのあとは魔法局に入って、色んな課をたらいまわしにされて、三年前くらいかな、ようやく宮廷魔法師になれたよ。まぁ、ただあそこは貴族しかいないから平民の俺は嫌われてて、最後はクビにされて、王都を追放になった」


 それを聞いて父は頷くだけであった。一方母は目を丸くし──。


「へぇ、あんた宮廷魔法師になれたんだね。まさか本当になるとはねぇ」


「あぁ、まぁそれはダーヴィッツさんっていう恩人がいたからなれたようなもんだけどね」


 これは謙遜でもなんでもなく、本当にダーヴィッツさんのおかげで今の俺があると言って過言ではない。


「それで仕事を辞めてどうするんだ?」


 父が再度尋ねてくる。


「いや、それが昨日王都から出てきて、エルムに一晩泊まったんだけど、そこで偶然ミーナに会ったんだ」


「なるほど、そゆことね」


 母は焼き菓子の経緯に一人納得しているようだ。


「あぁ。それでミーナが今何やってるか知ってる?」


「エルム学院の魔法科の先生でしょ?」


「そう。で、そこに誘われた。で、まぁ色々あってお世話になろうと思っている」


「色々……ねぇ。あんたまた調子乗ってなんかやらかしたんじゃないの?」


 流石は母である。まったくもってその通りなのだが──。


「いや、ベント伯の教育理念に共感しただけだよ」


「ふーん」


 俺は誤魔化す。だが、母はジト目になり、疑っているようだ。


「あ、そうだ。ミーナちゃん綺麗になってたでしょ」


 そして突如目を輝かせてそんなことを言い始める。


「ん? あぁ、驚いたな。最初ミーナって気付かなくて怒られたよ」


「はぁ……。あんたはそういうとこ全く成長していなさそうだね。ミーナちゃんが可哀想だよ」


「いや、可哀想なのは俺だぞ? 昨日、今日ずっとミーナに説教されっぱなしだからな」


「何で怒られたんだい?」


「ん? えーっと……確か──」


 俺は昨日、今日でのミーナとのやり取りを母に話す。なんだかこの歳になって幼馴染とのやり取りを母に話すのは気恥ずかしいが、まぁ母はミーナと友達みたいな感覚で付き合ってるからよしとする。


「ミーナちゃんは複雑だろうねぇ。喜ぶべきか、悲しむべきか。まぁ、けどあんた結婚どころか、王都で彼女の一人も作れなかったんでしょ」


「んぐ……。いや、別に作れなかったとかそういうわけじゃない。忙しかっただけだ。仕事以外の時間は魔法の訓練とか研究に全て充ててたからな」


「はぁ……。あんたミーナちゃんに見捨てられたら終わりだからね? 大事にしなさい」


「? なんだよ終わりって。まぁミーナとは久しぶりだったが十六年前と同じ感じで喋れたから大丈夫だろ」


「……バカね」


「あぁ、バカだ」


「そうだなー、ジェイドはバカだ」


 母だけでなく、父と兄にもバカ扱いされる。解せない。


「そういう兄さんだって、独り身じゃないか」


「んー? 俺は結婚してるぞ。三件隣のユウナさんだ」


「え? マジ?」


 三件隣のユウナさんはよく覚えている。七つ上の兄と同い年。村でも一、二番を争う美人さんであった。ぶっちゃけ俺の初恋の相手でもある。


「フフ、ジェイド初恋の相手お兄ちゃんに取られちゃったね」


「なんだお前、ユウナのことが好きだったのか?」


 言ったことはないのに母にはバレていた。そしてデリカシーなどまったくなかった。


「あの当時は村で若くて綺麗な女性なんてユウナ姉しかいなかったから憧れるのはしょうがないだろ。てかいつ結婚したんだよ」


「ん? 十年くらい前か」


「なんで教えてくれなかったんだよ」


「いや教えようにもお前がどこに住んでるのかも知らなかったからな」


「…………」


 そう言えばそうであった。実家に住所やら職場を教えてなかった。今にして思えば何故教えていなかったのか不思議である。まぁ当時の精神状況はいっぱいいっぱいだったのだろう。多分。


「それで結婚してるのに一緒に住んでないの?」


「あぁ、三人目が生まれそうだからな。子供たちと実家に帰ってる」


「三軒となりの?」


「三軒となりのだ」


 もう謎である。深く考えても仕方ないのでそういうものかと納得する。


「それより、二人も子供いたのか……。次帰ってくるときは会わせてくれ」


「あぁ、別に明日にでも会いに行けば──」


「いや、明日からもう仕事の準備をしなきゃいけないからな。なにぶん教師は初めてだし、責任重大だから暫くはまた帰ってこないと思う。まぁ、ただエルムだから王都に比べれば会いやすいとは思う」


「なるほどな」


 兄はそれで納得したようだ。そして母はにんまりとした笑顔で──。


「んじゃ、ミーナちゃんのとこにでも転がりこんじゃえばいいじゃない」


 などとふざけたことを抜かしはじめる。


「バカなこと言うなよ。俺とミーナはもう大人だぞ? 一緒に住めるわけないだろ」


「……はぁ、バカはあんたよ。大人になったから一緒に住めって言ってるのに」


「ん? なんか言ったか?」


「いーえ、なんでもないです。はい、食べたら食器洗うのはジェイドね。ほら、たまには親孝行しなさい」


「誤魔化された……。まぁいいさ、食器洗いくらいやるよ」


 こうして、俺は久しぶりに家族とあーだこーだ言い合うのを楽しむのであった。

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