第14話 懐かしき故郷

(さて、パージ村までは二十キロほどか……)


 エルムの出口を出て遠くを望む。山とかろうじて道と呼べなくもない道しか見えない。ここをまっすぐ行って、山を越えればパージ村である。荷物の少ない大人でも半日はかかるが──。


(普通に走れば一時間、軽く魔法を使えばその半分、本気で魔法を使えば更にその半分以下か……。エルムに来てから体を動かしてないからウォーミングアップがてら普通に走るか)


 俺は魔法を使わず普通に走ることを選択した。これが後にものすごい事態に──。


(なるわけもないよな。それに折角買ったお菓子を潰したくないし)


 というわけで普通に走り出した。途中で盗賊に会うこともないし、馬車が壊れて立ち往生しているお姫様に会うこともない。動物にはすれ違うが危険生物種に遭遇することもない。お菓子を最大限に気遣いながらそれでもやはり一時間ほどでパージ村についた。


「おぉー、なつかしの故郷よ」


 十六年前とほとんど変わらない村の風景にようやく郷愁の気持ちが沸いてくる。


「む、あれはゴンズさんではないか? おーい」


「ん? あんれ、ジェイドの坊主じゃねぇか。死んだと思っとったよ」


 農作業服でクワを担いだ初老の男性──ゴンズさんの一言目は歓迎の言葉ではなかった。


「ゴンズさんはなんだか変わらないね。少しシワが増えたのと、髪が白くなったか」


「余計なお世話でい。ほれ、デレッサが待ってるぞ。早く顔を見せたれ」


「はいはーい。ウチの場所は変わってない?」


「あん? まぁ、場所は変わってはいないな」


「あれ? なんか含みがあるね」


「まぁ、見りゃ分かるべ。ほれ行った行った」


 人口数百人の小さい村なので、ほとんどが顔見知りだ。どこの家に誰が住んでいるかも分かっているし、誰がどこで何をしているのかも筒抜け。


(ある意味、最高の防犯システムだな)


 当然、悪いことなどできるわけもなく、俺が物心ついてから村を出るまで俺が起こす以外は事件らしい事件など起こったことがなかった。


(お、懐かしいな。この池凍らせて乗って遊ぼうとしたらミーナが落ちて、えらい怒られたっけ。まだあったのか)


 村の入り口から自分の家まで歩いていると幼い頃遊んだ記憶が蘇る。同年代の子供は少なく、いつもミーナがくっついてきたため、どの場所もミーナとの思い出ばかりだ。


(あいつ、俺が村出てった後友達できたのかなぁ)


 そんなことを考えながら歩いていると、幾人かとすれ違う。そのたび必ず声を掛けてきてくれる。十六年も離れていたにも関わらず、見知った顔ばかりである。まるで時の流れがここだけゆっくりだと錯覚してしまいそうだ。


(さて、我が家は、と──)


「は?」


 間抜けな声が出てしまった。ここまでの村の風景に違和感は感じなかったが、自分の家にだけは強烈な違和感を感じる。


(ここは俺の家なのだろうか?)


 そう、十六年前はちょっと大き目の物置小屋みたいな家であった。雨漏りやすきま風に苦しんだのを覚えている。だが、今建っている家はレンガ造りのとても綺麗で大きな家であった。


「…………ひとまず入ってみるか。こんにちはー」


 自分の家らしき玄関をノックし、呼びかけてみる。これが本当に自分の家なら俺は単なる間抜けである。そして、ドタバタと足音が聞こえ──。


「はいはいはーい。どうぞー」


 ガチャリとドアが開いた。少し老け、太ったようだが間違いなく母のデレッサだ。


「あぁ、俺だよ久しぶり。ただいま」


「すみません、どなたでしょうか?」


「いや、ジェイドだよ、ジェイド。なんだ母さんボケちまったのか?」


「はぁ。うちには確かにそのような息子もいましたが、まったく音沙汰がないので死亡届を出しており、この村では鬼籍に入っておりまして……。もしかして幽霊ですか?」


「いやいや、仕送りはずっとしてただろ?」


「あぁ、足長おじさんでしたか! その節はありがとうございます。おかげでこんな立派な家を建てることができました。なるほど、息子だったら金ではなく手紙の一つも送るでしょうしねぇ」


「…………」


 どうやら母はものすごい怒っているようだ。徹底的に俺を知らない人扱いしはじめた。だが、こんなときのための秘密兵器である。


「母さん、これ」


「あら、私が好きなエルムの焼き菓子じゃない。なんであんたが? さては、ミーナちゃんとだけは連絡を取ってたね? いや、けどミーナちゃんもまったく連絡がこないって嘆いてたし……どういうことかしら?」


「あぁ、それを説明するから上げてくれ。父さんと兄さんは?」


「畑よ。もうすぐ帰ってくるんじゃない? ひとまずおかえりなさい」


「ん、ただいま」


 ようやく母は俺を息子として──。


「あ……。そう言えば、あんたの部屋ないから客間使ってね」


「……あぁ」


 扱ってくれるわけではないようだ。


 そして実家、と言っても新しい家自体は初めて訪れるため、懐かしさもへったくれもない。まるで本当に客人のように落ち着かない気持ちで父と兄を待つ。


「ただいまー」


 下から二人の声が聞こえる。どうやら帰ってきたようだ。きっと俺を見て驚くに違いない。果たして父と兄の反応やいかに。俺は急いで玄関に出迎えにいく。


「おかえり、父さん、兄さん」


「あぁ、ジェイドか。久しぶりだな。どうだ? 元気でやってるか?」


「ん? ジェイドか。久しぶりだなー。たまには連絡寄越せよ」


 前者が父、後者が兄である。まったく驚きも感動もない。自分で言うのもなんだが十六年も会っていないにも関わらず、久しぶりの再会がこのテンションだと言うのには逆に驚かされる。


「なーに、間抜け面してんだい。この二人に何を期待してるのよ」


「……いや、ようやく我が家に帰ってきたと再認識したよ。裏の小屋燃やした時も母さんはものすごい怒ったけど、二人はへー、ふーん、って感じだったもんな」


 思い出した。小屋を燃やした時も池を凍らせた時も、山に入って危険生物種を狩ってきた時もいつも怒るのは母であり、父と兄は楽しそうだな、とか、怪我はなかったか、とか、今夜はご馳走だな、などと実に気の抜けた人たちであった。


 そして我が家で場を仕切るのはいつも──。


「はい、じゃあみんな手を洗ってきて。十六年振りに家族四人揃っての夕食にしましょ」


 母であった。

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