第13話 放蕩息子とよくできた幼馴染

「はい、おまちどうさんっ」


 先ほどの女性従業員がドンブリを二つ持ってくる。ゴトンゴトンと自分とミーナの目の前に置かれたドンブリをまじまじ覗いてみると──。


「随分、そっちは透き通ってるな……」


「フフ、シオだからね。それじゃいただきます」


「いただきます」


手を合わせ、箸を割る。


「あっ、ジェイド。これすごく熱いから──」


 そして口に含み、一気にすする。


「ズルルルルッッ、ゲホッ、ガハッ、熱ッッ!!」


「もう、だから言ったのに……」


「なんでい、兄ちゃんカッコ悪いねぇ」


 慌ててハンカチを取り出して差し出してくれる幼馴染。カウンターにいる店主からは冷ややかな一言。


「っあー、びっくりした……」


 口の中がヒリヒリである。ひとまず水を飲む。んむ、痛い。目の前を見ればミーナが麺を持ち上げ、フーフーしている。なるほど、よく見れば周りの人々も同じ所作で食べているではないか。


「フーフー」


「そうそう、上手上手」


 俺でも分かる。これはバカにされている。だが俺は大人だからいちいちこんなことで腹を立てない。幼馴染を無視して麺をすする。次はさほど熱くない。ほぅ、これは──。


「美味いな。どれ、スープも──フーフー」


 変わった形のスプーンでスープをすくい飲んでみる。美味い。今まで食べたスープや煮込み料理とは違い、味が濃いのに不思議と手を伸ばしてしまう料理だ。


「口に合ったみたいで良かった。こっちも食べてみる?」


「あぁ」


 その提案に俺は飛びついた。シオラーメンがどんなものか興味津々だったのだ。ドンブリを交換し、食べてみる。やや薄味だ。一緒にスープも飲んでみる。体に染み渡るような味わいでトンコツとはまた違った感覚でスープを飲み続けたくなってしまう。


「……これはハマるかも知れない」


「フフ、私もスカーレットさんに連れてきてもらってからすぐにハマっちゃったからね。うん、トンコツも美味しいね」


 ちゃっかりとミーナも俺のドンブリから食べていた。当然、何を勝手に食べているんだと狭量なことを言うつもりもない。が、先ほどバカにされた仕返しをするくらいバチは当たらないだろう。


「ふふん、ミーナ。俺のスプーンをくわえたな? 間接キスだな」


 箸は自分のであるが、スプーンはドンブリに入れたまま交換したため、今、固まっているミーナの口に入っているのは俺のレンゲだ。


(さぁ、恥ずかしがるがよい!)


 俺はどんなリアクションをとるか楽しみにしながら、そのときを待つ。ミーナがゆっくりとスプーンをドンブリに戻し、口を開いた。


「ジェイドがジェイドで安心したよ。あとこれはスプーンじゃなくてレンゲって言うの」


(なんだと? これはスプーンではなくレンゲと──って、そっちはどうでもいい。なぜミーナは平気なんだ? 正直に言えば、ミーナのレンゲでスープを飲むとき俺はちょっとだけ緊張したぞ?)


 この反応は非常に悔しい。


「……返せ」


「はいはい」


 なので、俺はこれ以上は傷を広げないためにも言葉少なに自分のドンブリを回収する。そして食事を再開するのだが──。


「スープ飲まないの?」


「……飲むし」


 レンゲを持って固まってしまった。なんだか自分で言って、自分で意識するとかアホみたいだな、と思いながら。


 そんなこんなで最後のほうは折角の美味しいラーメンを純粋に楽しむことができず、心残りであった。なので俺はまたここに戻ってくることを誓う。


「店主、美味かった。また、いずれ戻ってくる」


「おぅ、次は一人できな。一人でな。そしたら歓迎してやる」


 店主はまったくもって客商売に向いていない性格だと思った。最後の最後まで憎まれ口をきいてきたが、めんどくさかったので店主の言葉は無視して店を出る。


「ありあとーございあしたー!! ミーナ先生、また彼氏さんときてねー」


「だから違うって言ってるでしょ……。もう」


 どうやら店内では最後までミーナがからかわれているみたいだ。どうやら幼馴染はいじられ体質に成長していたらしい。


「お待たせ。お金出してもらってごめんね? ありがとう」


「ん。美味い店を紹介してもらったお礼だ。むしろありがとう」


「ん。気にいってくれたならよかった。じゃあジェイド、おばさんたちによろしくね? あとお土産は持った?」


「ん? いやいらんだろ」


「はぁ……。十六年振りに帰るんだから少しは誠意を見せなさい。おばさん絶対怒るよ?」


「ハッハッハ、それは覚悟の上だな」


「んもぅ、ジェイドってば……。はい、こっち来て。おばさんが好きなお菓子売ってるお店に行くよ」


「えぇー……。めんどくさ──」


「いーくーの」


「へいへーい」


 こうして無理やりミーナに連行され、俺の母が好きだというお菓子を買う。ちなみに俺は母の好物などまったく知らなかった。実に親不孝ものである。


「はい。じゃあ気をつけてね?」


「ん、ありがとう。それじゃ行ってくる。また明日な」


 片手に土産を持った俺はもう片方の手を上げ、ミーナに背を向けるとエルムの出口の方へ歩きはじめる。だが、数歩も歩かない内に──。


「明日八時だからね? 遅刻しないよう余裕を持ってくるんだよ?」


 こんなことを言われる。心外である。それを言うなら──。


「今日遅刻してきたミーナこそ気をつけろよ? まったくこれじゃミーナが母親みたいだな」


「こんなデリカシーのない息子はいりません。はい、それじゃ行った行った」


「わ、押すなよ。それじゃ今度こそ本当に行ってくるぞ」


 呼び止めたくせに追い出すように背中を押してくるミーナ。まったくもって理不尽であるが、散々世話になっているので文句の一つも言えない。こうして俺はミーナに見送られパージ村へと向かうのであった。

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