第12話 魔法の注文

「うーん、じゃあスカーレット先生とよく行くお店でいい?」


「あぁ、俺はどこでも構わないぞ。嫌いな食べ物とかないし」


「うん、じゃあついてきて」


「あいよ」


 そしてミーナの横を歩くこと十五分。こう言ってはなんだが女性が出入りするようには見えない古くさい店の前で立ち止まる。


「まさか、ここか?」


「うん、そうだよ? え? 知ってた?」


「いや、知らないが……。ここにミーナとスカーレットさんがよく来るのか?」


「うん、特にお酒飲んだ後なんかにね。さ、入ろ?」


「……ん、あぁ」


 ミーナはまったく物怖じせず慣れた様子で開き戸をスライドする。その後に続いて、ややくすんだ暖簾をくぐる。予想通り店内は狭く、綺麗とは言い難い。


「へい、らっしゃい!」


「大将こんにちは。二人です」


「おや、ミーナ先生じゃないですかい。また今日もスカー……。誰だい?」


「あ、こんにちは。ミーナの連れです」


 なぜか睨まれた。そしてドスの効いた声で素性を尋ねられる。なので素直にそう答えた。


「ミーナ先生を呼び捨てにするだとぉ? それに連れぇ? ま、まさかミーナ先生コレかい!?」


 だが、どうやら不正解だったようだ。大将は慌ててミーナの方を向き、グッと親指を立てながら何事かとまくし立てる。


「ちーがーいーます。幼馴染です。座っていいですか?」


「ホッ。なんでぃ、そういうことならそう言えや兄ちゃん。あぁ、すまねぇな、あそこのテーブル席つかってくれ」


 連れには違いないのだからそれでいいではないかと思う。更に言えば初対面の客に対しての態度としてはいかがなものだろうか。


「ジェイドごめんね? なんだか大将くらいの歳の男性からは娘みたいな扱いを受けてて……」


「あぁ、そういうことか。まぁ確かに娘がある日突然どこの馬の骨とも分からない男を連れてきたら俺も怒るな」


 店主が後ろを振り向き、なにやら大きい鍋を混ぜているときにミーナがそっと顔を寄せ、小声で話しかけてくる。この店の客はミーナ以外は全部男性だ。しかも半分以上は中年という。そんな中、ミーナみたいな若くて綺麗な子がきたら大事にもされるだろう。


「それで? ここは何の店なんだ?」


「はい、メニューがこれ」


「なになに……ラーメン? なんだそれ?」


「あ、王都にはないんだ。最近エルムでは流行ってるんだよ?」


「ないな。それに最近? この店はどう見ても……」


「うん、昔は別の店だったんだけど大将がラーメンに惚れ込んでラーメン屋さんに変えちゃったの」


「へー。なるほどね。どういう料理──って、あれか」


 周りを見渡せば、皆ドンブリを持ち、麺をすすっている。どうやらあれがラーメンらしい。


「うん、あれだね」


「それで、初心者にオススメのラーメンはどれなんだ?」


「えぇと……。私はあっさり系が好きだからシオラーメンを頼んでるよ? ジェイドは男の子だからコッテリがいいんじゃないかな?」


「男の子って……。もう三十手前のおっさんを捕まえてそれはないだろ。まぁ、けど折角だコッテリ系をいってみよう。それはどれだ?」


「ん、このトンコツってやつだね」


「じゃ、それで」


「ん、じゃあ呼ぶね。すみませーん」


 ミーナが手を挙げると一人の若い女性が近づいてくる。そう、この店内の客で若い女性はミーナだけだが、もう一人従業員には若い女性がいたのだ。


「はいはーい。どうぞー」


「えぇと私はシオで、硬めの普通、少なめで」


 俺はこの時、目を見開く。なんだ今の魔言のような注文は、と。


「はい、シオ、カタ、普通、少なめね。彼氏さんは?」


「あぁ、トンコツの柔らかめで普通、多めだ」


 俺は内心ドキドキしながら何食わぬ顔でそう注文した。真正面の幼馴染は彼氏ではないだのと騒いでいるがそれどころではない。俺は一世一代の賭けに出てるのだ。


「あいよ、トンコツ、ヤワ、普通、多めね。ありあとーございあーす」


(通じた! 奇跡的に通じたぞ!)


 ミーナとまったく同じだと真似したことがバレてしまうため、反対にしてみたのだ。硬めがあるなら柔らかめもあるだろう。少なめがあるなら多めがあるだろう。しかし、普通は何に対して普通か分からないため普通だ。


「で、何を笑っている?」


「いやジェイドがおかしいなって。今の注文が何を意味してるか分からないまま頼んだでしょ?」


「……まぁ、そうだな」


「ちゃんとメニューに書いてあるからね? 麺の固さと味の濃さ、あと脂の量だね」


「……なるほど。つまり俺が頼んだトンコツラーメンとやらは、麺がやわらかくて、味が普通で脂が多めか」


「そういうことだね。フフ、ジェイドはやっぱり男の子のまんまだね」


 確かに少し見栄を張って知ったかぶろうとしてしまった。これでは子供と言われても仕方ない。返す言葉もないため、俺は出された水を飲みながらしばし黙る。だが、そんな俺の心境もお見通しなのだろう真正面でニコニコしながらずっとこちらを見ている。うちの幼馴染はなんとも恐ろしい成長を遂げたようだ。

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