第11話 幼馴染は本当に先生みたい
「ふぅ。やはり誰もいない冬の魔法場は寒かったな。普段は生徒たちの活気で暖かいんだがね。さて、ジェイド君。君には魔法科の教員になってもらうわけだが、魔法科は基本的に二クラスある。特進クラスと普通クラスだ」
先ほどのソファーに三人で腰掛けながらベント伯は魔法科の説明をし始めた。そしてその説明の中で気になる言い方をする。
「基本的には……?」
「そう、基本的には、だ。現にこの学院は三年制だが、二年生、三年生は二クラスしかない。だが、一年生には三クラス目が存在する。と言うのも、この学院での魔法科の入学条件は魔力値の高さ、つまり魔法を使える素養があるかどうかだ。そして入学して最初の一ヶ月は全員で同じ授業を受ける。そしてそこから成績を割り振られ、特進、普通、そして努力クラスに分けられる」
「……なるほど」
どうやらエルム学院には魔法での実技試験がないようだ。これは珍しい。魔法科のある学校では魔法の実技試験があるのが当たり前だ。なので、家庭教師を雇える裕福な家の者が必然多くなる。その中でエルム学院は、家庭教師を雇うことはできないが、魔法を使える可能性のある者にまで門戸を広げたのだろう。
(だが、入学したはいいものの、魔法を使えなかった、と)
「……察しているかも知れないが、努力クラスは一ヶ月の間に魔法を使えなかったものたちだ。今年は七名ほどだったな。一学年は五十人前後であるから、およそ十五%ほどか。ちなみに特進クラスは全学年とも席に定数がある。偶然にも七だな。あとは全て普通クラスとなる」
どうやら成績が良い者は更に伸びるよう少数精鋭で手厚く指導が受けれるようだ。この制度は割りと一般的である。俺の母校である王都、ウィンダム魔法師学校も学年は三百人程で五クラスに分かれていたが、Sクラスは僅か三席という偏りぶりである。
「さて、それでだね。冬休み前までは一年生の特進クラスをスカーレット先生、普通クラスをミーナ先生が担任していた。そして努力クラスをクローデット先生が担任していたんだが、この先生が冬休み中に辞められてしまってね……」
「ということは……私は努力クラスの?」
「あぁ、いやそういうわけではない。入職していきなり担任になるということは滅多にないし、まして努力クラスの子たちは少しばかり個性が強い。君にはしばらくミーナ先生の副担任という形で働いてもらうおうと考えている」
「なるほど。それは少しだけ気が楽ですね」
「ハハハ、君は正直だな。まぁ努力クラスはうちの魔法科の主任が兼任することになるだろう。ただ、その先生──フロイド先生は三年生の特進クラスを担任しているから手が足りないこともあるだろう。なので、ジェイド君には努力クラスも手伝ってもらうことになると思う」
「えぇ、そういうことでしたら是非お力になりたいと思います」
「ありがとう。それで明日なんだが始業式前の職員会議がある。そこでジェイド君を先生方に紹介したいと思うのだが、予定は大丈夫だろうか?」
「えぇ、大丈夫です」
「なら一安心だ。それでこちらが雇用条件等が載っている契約書だ。持ち帰って目を通してほしい。何か気になる点があれば明日聞こう」
その言葉と一緒に何枚か綴りの契約書を渡される。最低限生活できる給料があれば問題ないし、あまり使うことのなかった宮廷魔法師時代の蓄えもある。大丈夫だろう。
「さて、以上になるが、何か質問はあるかね?」
「えぇと明日は何時に来れば……?」
「おっと、失礼。朝八時に会議室で会議を始める予定だ。少し余裕を持って来てくれるとありがたい」
「分かりました。あとは大丈夫です。では、これからよろしくお願いします」
「あぁ、よろしく頼むよ」
ベント伯から差し出された手を握り返した後、二人で学長室を退室する。
「さて、本当にトントン拍子で話しが決まっちゃったなぁ。なんだかまだ現実感がないな」
「そうだね。さて、ジェイド? こっちにきて?」
「……?」
ミーナは足早にどこかを目指していた。どうやら音楽室のようだ。厚い防音扉を開けた後、入ってくるよう促される。そしてガチャリと扉を閉める。
「なんだ? ミーナは何か楽器ができるのか? ちなみに俺はからっきしだぞ?」
「フフフ、そんなわけないのが分からないかな? 今からお説教だよ? 誰かさんがはしゃいで魔法場に大穴を開けたからね」
「……いや、あれはベント伯が言葉巧みに俺を誘導した結果であって……。その、ほら耐久性のテストにもなったって言ってたし……」
「ジェイドは魔法を放ったあとドヤ顔してたけど、穴が開いているのを確認した瞬間の学長は顔が青くなってたからね? すぐに取り繕ったけど」
そうだったのか。全然気付かなかった。だがまぁミーナの気持ちも分かる。連れてきた職場見学の者がいきなり壁に大穴を開ければ気が気ではないだろう。
「すみませんでした……」
「うん。気をつけてね? 昔から無茶するのは変わらないね。最初に魔法を使ったときだってそう。村中大騒ぎだったの覚えてる?」
忘れるわけもない。最初に使った魔法は火の魔法。家の裏の小屋を燃やしつくし、村には魔法を使える者がいなかったため、池からバケツリレーで消火した。いや、ハハハ、幼馴染というのはこういう黒歴史を知っているため、なんともやりにくいものである。
「……覚えています。ハハ、これじゃ本当にミーナが先生で俺が叱られているみたいだな」
「その通りなんだけど?」
「はい……。すみませんでした……」
それから俺は滅茶苦茶説教──されたわけでもないが、わりと普通に説教された。なんとも情けないが、仕方ない。これは俺が悪かったのだから。そしてようやく宣誓の言葉を言わされなんとかお説教を終わってもらった。
「……はい、もう無茶しません。無茶する前にミーナに相談します……」
「ん、よろしい。さてっ、ジェイド今日はどうするの? パージ村は往復は難しいから帰らないんだよね?」
「いや、身体強化の魔法使えばすぐだから顔だけ見せてこようと思ってるよ。教師生活が始まったらしばらくは余裕もないだろうからな」
「そうなんだ。それじゃすぐ出るの?」
「んー。昼飯はこっちで食べていこうかな。パージ村に食堂なんてできてないだろうし」
「うん、ないね。じゃあ一緒に食べよっか」
「ん、そうしようか。美味いメシ屋を知っておかなきゃな」
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