第10話 五音節魔法

「大丈夫そうですね。では、ここからあちらの壁に向かって放つでいいでしょうか?」


「あぁ、大丈夫だ。そちらの方向は丁度林になっているから突き抜けたとしても問題はない。まぁ、だが先ほども言ったが障壁ですら一度も破られたことはないし、その奥のダリル鋼の厚さは五十センチだ。かの宮廷魔法師筆頭ダーヴィッツ氏でも難しいだろうな」


「ハハハ、ベント伯。ダーヴィッツさんに無理なら私にはとても無理ですよ。それに私はそこまで加減を知らない魔法師ではありません」


 だが、正直に言えばちょっとだけ、ちょっとだけこの障壁とダリル鋼を貫きたい気持ちはあった。先ほど破壊衝動はないと言ったが、やはり分かりやすく挑発されてしまうと、こうむくむくと。しかし、そこで幼馴染から言葉がかかる。


「ちょっと、ジェイド? 本当に壊さないでよね? 軽くでいいからね?」


「ミーナ、分かっているって。それこそミーナじゃないが十三の俺とは違うんだよ。分別くらいはつくさ」


 そう言ったが、ミーナはどこか怪しんでおり、小さな声で本当かな、と言う始末だ。まったく失礼である。


「さて、ではジェイド君、四音節を超える魔法を見せてくれたまえ」


「はい!」


(って、待て。超える? 四音節を超える魔法と言ったか? あれ? それって五音節? ん? いつの間に四音節じゃなく五音節の魔法を使うことになったんだ?)


 気付けば四音節ではなく五音節以上の魔法を使うことになっていた。不思議である。だが、返事をしてしまい、目を輝かせるベント伯に今更四音節でいいですか、と言うわけにもいかまい。これは上手く誘導された──そういうことだろう。


 仕方なく俺は五音節の攻撃魔法を唱える。


「フィラ──」


 右手の先に魔言が生まれ、円形をかたどっていく。一音節では十センチ程だ。魔法陣の先に小さな電流が生まれる。


「エルバルト──」


 二音節──倍の二十センチ。電流は形を変え、鋭い矢の形状となる。


「クアルトリック──」


 三音節──四十センチ。一本だった雷の矢は四本となり──。


「レシーデット──」


 四音節──八十センチ。雷の矢は四本ともが、先ほどの倍以上の太さになり、激しくスパーク音を撒き散らす。


「す、すさまじいな。大気が震えているのが分かるぞ。ここから更に重ねるというのか?」


 四音節の魔法を使える魔法師はそこまで多くはない。王都でも宮廷魔法師とほか一部だけだ。そして──。


「ヴァージェス」


 五音節──俺の知る限り、五音節を使える魔法師というのは両手で足りるだけだ。百六十センチとなった魔法陣の前では、四本の矢が捻りあい一本の矢へと戻る。空気を焼く音がし、まるで空気が逃げるかのように四方に風が吹き続ける。


「す、素晴らしい。こんな巨大な魔法陣は見たことがない。これがフィラ・エルバルト? 何の冗談だね……これなら本当に──」


 そして俺は、わなわなと震えるベント伯に宣言する。


「では、撃ちます」


 魔法陣が発光し、巨大な雷の矢が放たれた。


 壁まではかなりの距離があったにも関わらず、その矢を目で追えたものはいないだろう。空気を全て吹き飛ばし、一瞬の真空状態──そして突風。それと同時に雷が落ちたような音。一拍遅れてガラガラという音と、バキバキという音が耳に届く。


(ガラガラ? バキバキ?)


 俺はこの魔法の後に続く聞きなれない音に、少し、そうほんの少しだけ嫌な予感がした。


 見れば魔法場の壁は直径一メートル程が綺麗にくりぬかれており、建材がガラガラと崩れている。その先に続く林も雷の矢が通った道だけ木が消し飛ばされていた。


「…………」


 俺は絶句した。これは俺でも分かる──完全にやりすぎだ。ベント伯の顔は見ることができず、ミーナの方を向く。笑顔だ。とてもいい笑顔だ。ひとまず口だけを動かし、どうしよう? と聞いてみる。だが、ミーナは手の平をそっと動かし、あちらへと促す。そちらはダメだ。なぜならそちらはベント伯がいるからである。だが、ここで走り去るわけにもいくまい。恐る恐るそちらを向く。


「ベ、ベント伯……、そ、そのすみません! あ、あの弁償いたします!」


「あぁ……。ハッ、すまない。あまりの出来事に頭が真っ白になっていたよ。まずは素晴らしい魔法を見せてくれてありがとう。それで、弁償と言ったかね? それには及ばんよ。これは私がお願いした結果だ、私が個人的に払う。それに耐久性を見る良い機会になった。施工した職人たちには言っておくよ。五音節の攻撃魔法で壊れたじゃないか、とね」


 そしてベント伯は笑った。だが、こんな時笑える図太さが俺にはなかった。


「いや、そうは言われましても、流石に何もしないわけには……」


「……ふむ、そうかね。なら君には君にしかできない返し方はあるが?」


 ベント伯はまるでイタズラを考え付いた少年のような顔でそう言って、指で小さく円を描く。


「魔法……ですか。いえ、分かりました。私でよければ是非お願いします」


「ジェイドッ」


「いや、ミーナ。俺は元々話しを受ける気だったよ。ただ、新しい変化に対して怖くなってただけだ。というわけで明後日からは同僚だな」


 ミーナはきっと俺が壁を壊したという責任から嫌々受けたと思ったのだろう。心配そうに声をあげる。だが、俺としては非常に迷惑な話しではあるが、壁を壊したことにより、ようやく決心が固まったというだけである。


「ふむ。ありがとうジェイド君。私は、エルム学院は君を歓迎するよ。では、学長室に戻ってこの学院のことと、これからのことを少し話そう。スカーレット先生は魔法障壁とこの壁を施工した職人に連絡をとってくれるかい? 私の私財だ、多少色を着けて構わないからなるべく早く修繕できるよう頼んだよ」


 スカーレットさんは頷くと、すぐにどこかへ向かった。


「学長、私は……」


「あぁ、ミーナ先生は同席してもらってもいいかね? いい機会だ。君にはジェイド君の教育係を頼もうと思っている」


 ミーナはその言葉に驚いたようだが、すぐに表情を戻し、了解の返事を返した。そして俺に至っては昨日から予想外のことが続きすぎて、この程度のことでは動じなくなった。ミーナに教育される。十六年前ではとても考えられなかったが、この歳になったミーナを見れば大丈夫であろう。


 そして俺たち三人は学長室へと足を向けた。

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