第9話 学長のお願い

「そうだったんですね。確かにここは王都から随分離れており、辺境と言えましょうが町並みを見る限り、第二の王都と言っても良いくらい活気がありますね。それに町の人々の表情がとても良い。良い統治の証拠です。流石はベント伯です」


「ふふ、ありがとう。世辞だと分かっていても嬉しいものだ。さて、立ち話もなんだ。腰掛けてくれたまえ。お茶を用意しよう」


 案内されたのは革張りの高級そうなソファーだ。テーブルを挟んで俺とミーナが腰掛ける。スカーレットさんは、ベント伯の代わりにお茶を汲みに行ったようだ。


「さて、ジェイド君。スカーレット先生から聞いていると思うが、先日魔法科の教員が一人退職してしまってね。代わりを探しているのだが、どうにも見つからない。私の伝手で王都から引っ張ってこようとも思ったのだが、如何せん中央の貴族たちに嫌われていてね。もし、よろしければどうだろうか?」


 ベント伯はゆっくりとした喋り方で事情を説明した。長年統治者をやってきたのだろう。その声は人を惹きつける不思議な響きであった。


「えぇと、お誘いありがとうございます。私としては、教師というものに興味はあるのですが、なにぶん今まで研究や訓練や護衛に明け暮れていまして、人に指導するということに自信がないんです。それに私は魔法局を追い出された人間ですよ? 私が言うのもなんですが、そんなにすぐに採用していいんですか?」


 別にベント伯と化かし合いをする気はないので、俺は正直に内心を打ち明けた。するとベント伯は鷹揚に頷き──。


「うむ、ジェイド君。君の不安は至極当然のものだ。無限の可能性を持つ子供たちを育てる。それに不安を感じない者などむしろ願い下げだ。だがね、面白いことに立場は人を育てるのだよ。それに子供たちの成長を実感する喜びをすれば、がむしゃらになれるさ。そして私には人を見る目があると自負している。君と会ってみて、言葉をいくらか交わしただけだが、素質があるように思えるよ」


「……本当でしょうか?」


「あぁ、本当だ。だが決めるのはジェイド君、君次第だ。私は強要するつもりもないし、断ったからと言って、エルムから出ていけなどとつまらんことを言うつもりもない。今すぐ答えを出して欲しいとは言わない。まぁ始業式は待ってくれないがね、ハハハ」


 ベント伯はどうやら始業式までに答えが欲しいようだ。そしてベント伯の言葉には続きがあった。


「あと、これも断ってもらってかまわないのだが、個人的なお願いがある」


「? なんでしょう」


「宮廷魔法師まで登り詰めた君の魔法を見せてくれないか?」


 ベント伯は抑揚を上手くつけ、スラスラと喋り、それはまるで台本を読み込んで臨んだ演説かのようだ。そして、個人的な願いがあると言ったところなんか茶目っ気たっぷりにウィンクをしてきた。先ほどまでの厳格な雰囲気から一転、好好爺こうこうやのようだ。


(これは少し気をつけないとずっとベント伯のペースだな……)


 そしてお願いというのは予想の範疇内のものであった。特に断る理由もないが、なんとなく慎重になってしまう。


「……えぇ、まぁそれくらいでしたら」


「ふふ、ありがとう。昨日の夜スカーレット先生に君のことを聞いてからとてもワクワクしていたんだよ。あんな夜更けに何事かとも思ったが、実に良いニュースだったよ」


「昨夜は遅くに申し訳ありません。ですが、どうしても彼を捕まえておきたかったので……」


「あぁ、君の判断は正しいよ。私もジェイド君の魔法に、そしてジェイド君に大変興味を持った。さぁ、ひとまず魔法を見せてもらいにいこうか」


 ベント伯は本当に好奇心で魔法を見せて欲しいと言っているようだ。そしてスカーレットさんとミーナにも声を掛け、四人で先ほどの魔法場へと向かう。



 魔法場には誰もおらず、シンと冷えきっている。白い息を吐きながらそれでもベント伯は楽しそうだ。


「さて、ジェイド君。君は四音節以上の魔法を使えるかね?」


 四音節。魔法は音節が多ければ多いほど難しくなる。魔力を言葉に乗せた魔言まごん、その魔言を魔法陣に変換するのにはとてつもない集中力が必要になる。一音節であれば初級魔法。二音節であれば中級魔法。三音節であれば上級魔法。そして四音節以上は超級魔法と呼ばれる。


 当然、宮廷魔法師であった俺は四音節以上の魔法を使うことができる。というよりぶっちゃければ七音節まで使える。そのことはダーヴィッツさんしか知らないが。


「ん? どうしたのかね? 宮廷魔法師でもやはり四音節以上は難しいのか?」


「あ、いえ、すみません。少し考えごとをしていました。大丈夫です、使えます」


「ほぅ、流石だ。このエルム学院では三音節までしか使える者がいなくてね。是非四音節を超えた魔法がどれほどのものか実際の目で見てみたいのだよ」


「分かりました。どういった魔法を見たいか希望はありますか?」


 このとき俺は見逃していた。ベント伯の目が怪しく光ったのを。そしてベント伯は、少し悩んだそぶりを見せたあと、一度頷きこう言った。


「うむ。やはり攻撃魔法だな。とびっきり派手で破壊力のある魔法を見てみたい。この魔法場は内面に耐魔法障壁が張られており、床、壁、天井全てが耐魔法用のダリル鋼で出来ている。もちろん、今まで内面の障壁すら破られたことはないがね」


 その言葉を聞き、俺は少しだけベント伯に共感を覚えた。と言うのも俺は攻撃魔法が最も好きであったからだ。くれぐれも言っておくが、別に破壊衝動や殺人衝動があるわけではない。ただ純粋に幼い頃から攻撃魔法がカッコいいと思っていたのを、この歳まで引きずっているだけである。


 そして俺はペタペタと壁や床を触った。確かに魔法障壁が満遍なく張られており、問題なさそうだ。

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