第8話 エルム学院案内ツアー
「ここか。エルムに学校なんてあったんだなぁ」
俺は立派な正門の前で恐る恐る独り言のようにそう言葉を発してみる。隣をチラリと覗けば、ミーナはしかめっつらのままだ。つまり──。
(まだ、怒っている、と)
しかし、心当たりがないのだから謝罪のしようがない。それにマフラーを着けてくれているという点から激怒ではないことが察せられる。そんなことを考察しているときであった。
「やぁ、ジェイドにミーナ。おはよう。良かった、ミーナはどうやら早起きできたみたいだな。それに早起きが銀貨取りのコツ。良いものも手に入れれたようだしな、クク」
「? おはようございます」
急に慣用句を出してきたスカーレットさんの言葉に俺は頭に疑問符を浮かべながら挨拶を返す。だが、ミーナには通じてるようで──。
「おはようございます。スカーレット先生。学校では公私の区別をきちんとつけた方がよろしいかと」
昨日、今日で見慣れた笑顔での怒りをぶつけていた。
「おっと、すまないミーナ先生。その通りだ。では、冗談はここまでにして学校の案内をしよう。あぁ、ちなみに学長からは許可を貰っているよ」
どうやらまたしてもミーナをからかっていたみたいだ。スカーレットさんも懲りない人である。だが、流石に職場内ということもあり、顔を引き締め、先ほどとは違う真面目なトーンで喋りはじめた。
「というわけで、ジェイド。ようこそエルム学院へ。ふふ、名前にはひねりがないが、覚えやすいだろう。早速、案内といこうじゃないか。まずは、正門を入って、ここが校庭だな。全学科の生徒が運動をする場所だ。で、向こうに見える建物が闘剣場で、あっちが魔法場だな」
スカーレットさんは、俺の反応など確認せずに案内を始めてしまった。慌てて追いかけ、相槌を打つ。
「どれも広そうですね。それに綺麗だ」
「あぁ、この学校は十年前に創立されたばかりだからな。設備はどれも一級品だぞ? それもこれも学長が教育熱心な方だからな、特に魔法の教育には力を入れているぞ?」
「素晴らしいですね。是非学長にもお会いして話しを伺いたいものです」
「あぁ、後でもちろん会ってもらうぞ。で、これが校舎だ。この大きい塔が一般塔だな。そして右の塔は魔法塔、左の塔は騎士塔だ。一般塔には普通科、商業科の生徒の教室。左右の塔はそれぞれの科の学生の教室がある」
王都の城ほどではないが、とても立派な作りの校舎であった。こんなことを言うのもなんだが、辺境の都市とは思えないオシャレさであった。そして、スカーレットさんは校舎や闘剣場、魔法場などを実際に歩きながら説明し、ところどころでミーナも補足して説明してくれた。ちなみにミーナが補足説明するときはスカーレットさんはとても嬉しそうであった。昨日の話しの中でスカーレットさんはミーナの教育係だと言ってたので、自分の後輩、部下がきちんと成長しているのを実感し、喜びを感じているのだろう。
「スカーレットさん、やはり成長とは尊いものですよね」
「? あ、あぁ? そうだな。どうした急に?」
「え? いや、今だって──」
「あぁ、そういうことか。うむ、その通りだなジェイド君」
「ですよね。それで気になっていたんですが、生徒さんがいなくないですか?」
そう。見学している際、校舎にも、訓練場にも生徒はまったくいなかった。時間が早かったせいかとも思ったが、いくら見学してても一向に登校してくる様子がない。
「ん? あぁ今は冬休みだよ。明後日が始業式だ」
「あ、なるほど。そんな時期でしたね」
そしてあっさり答えが分かる。そしてミーナ、俺がうっかりを一つしただけで得意げな顔になるのはやめなさい。
それから小一時間ほど案内は続いた。そして、遂にと言うべきか──。
「ここが学長室だ」
俺の目の前に重く分厚そうな木の扉が現れた。正直に言って少しだけ緊張していた。ミーナはそれに気付いたのだろう。大丈夫? と目で心配してくる。だが俺も子供ではない。強がって笑ってみせる。それを見たミーナは小さく笑った。なぜだろうか?
「おーい、そろそろ入っていいか?」
「あ、はいっ」
「すみませんっ」
そんなやり取りが終えるのを待っててくれたスカーレットさんは呆れた表情だ。それもそうだろう、いい歳をして学長に会うのに緊張しているなんて、実に恥ずかしい。俺は顔をひきしめ視線をまっすぐにする。
「ハハ、ジェイド。君は面白いな。恐らく君の考えていることとは違うところに私は呆れ顔をしたんだぞ? いや、まぁいい。では入るぞ」
どういうことだろうか、そんなに俺の考えていることは顔に出ているのだろうか、疑問は尽きないがスカーレットさんは、そんな俺を見て笑ったあと扉をノックしてしまう。
「どうぞ」
部屋の中から男性の声が返ってくる。スカーレットさんは扉をガチャリと開け、俺とミーナもそれに続く。
「連れてまいりました。彼が元宮廷魔法師のジェイドです」
「初めまして、ジェイドと申します」
「あぁ、初めまして。私はベントだ」
上等な衣服を纏った体格の良い壮年の男性はベントと名乗った。これはもしかして──。
「うむ、そうだ。私はこの都市を任せられている辺境伯でもある」
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