第2話 運の悪い一夜

(うぅ、大分酔っちまったな……)


 今日はいつもより多めに飲んでしまった。ストレスが溜まっていたのかも知れない。だが、アルクとバカな話しで盛り上がり、大分気分は晴れた。隣にいるアルクなんか泥酔状態で半分船を漕いでいる。


「おい、アルク寝るな。そろそろ帰るぞ」


「ふぇーい? ばっきゃろー。俺はアルクだぞぅ? まらまら飲めるわぁ、酒もってこぉい」


 アルクとはよく酒を飲むが、ここまで酔うのは珍しい。仕方ないのでアルクの言葉は無視し、自分の懐から会計を済ませてしまう。そして、そんなタイミングで──奴は現れた。


「おい、ここにアビスの角を斬り飛ばしたという者がいるという情報を受けて来た。誰だ」


 それは魔法局の危険生物対策課のトップ、アルグランド男爵であった。俺は酔った頭ですぐにマズイと思った。危険生物SSSランクのアビス。常連であればアルクの法螺話しだと言うのは分かるし、ここではそんな与太話しは日常茶飯事だ。だが、今日に限って運が悪かった。その情報を売ったやつがいたのだ。当然、これが嘘だと分かればなんらかの罰を受けることとなる。


「おい、アルク。逃げるぞ」


「あん? なんらってぇ?」


「チッ、マレットさん、すまない裏から出して──」


「動くなっ!! そこでコソコソしている黒髪と金髪の二人組、お前らか?」


 アルクの肩を担ぎ、急いで裏口から出ようとしたところを見つかった。やばい、どうする。俺自身も頭の働きが鈍いし、視界はゆらゆらと揺れている。結局迷っている一瞬の間に、アルグランドは目の前まで来てしまった。


「おい、貴様たち名を名乗──。ん? 黒髪のお前は見たことがあるな。確か宮廷魔法師のジェイドだったな? ッチ、魔法局の一員たるものがこんな安酒場で酔っ払うとは、やはり平民出は品位がないな」


 アルグランドは俺の顔を覗き、その素性へ辿りついてしまった。平民出の宮廷魔法師──ある意味で俺は有名なのだから仕方がない。だが、嫌味の一言は言われても流石に酒場で酒を飲んでいたくらいで罰はない。問題があるとすれば──。


「それで、その肩に担がれている貴様、おい、答えろ。貴様はアビスの角を斬り飛ばしたのか?」


「はぁーい、僕が斬り飛ばしましたぁ」


「おい、バカ、やめ──」


「ふむ、そうか詳しくは魔法局で聞こう。おい、お前らこいつを引っ張ってけ」


 まずい──そう思い、俺は反射的にアルクを連行しようとする魔法局員の手を払いのけてしまった。


「おい、貴様何のつもりだ? まさか魔法局に属する貴様が私の邪魔をするわけはあるまいな?」


「……お言葉ですがアルグランド男爵。この男は見ての通り酩酊状態でして、受け応えがまともにできる状態ではありません。それにSSSランクのアビスをこのような日雇い傭兵が撃退できるわけもありません。その情報は虚偽のものかと思われ──」


「黙れ。それを判断するのは我々魔法局の危険生物課だ。我々は常に国民を危険生物の脅威から守るため奔走している。たとえばこれが虚偽の情報だと分かっていたとしても・・・・・・・・・・確認せねばならん。非常に頭の痛い話しだ。我々の苦労を知らないバカどもはもう少し弁えてもらいたいものだな」


 アルグランドは冷ややかな目でアルクを見下ろす。どうやらアビスの情報は虚偽だと分かった上で来ているようだ。つまりは見せしめ。虚偽の情報を流せばどうなるか、そしてどうなってもいいやつは誰かを見極めてアルクなのだろう。このまま放っておけば恐らくアルクは処刑される。


「はぁ……。アルク、お前いつか本当の英雄になって俺を助けろよ? それまでの貸しだ」


「あん? 俺はほんもろろ英雄だお?」


 実に暢気なものだ。明日、明後日に本当に死ぬかも知れないって言うのに。俺は肩に担いだ友人を一瞬放り出したくなったが流石に寝覚めが悪い。目の前のアルグランドを睨んで、俺は手を前に突き出した。


「……何の真似だ? 冗談では済まされんぞ?」


「悪いね、こいつは友人なんだ。みすみす殺されるわけにはいかない。俺が本気を出したらどうなるかは分かるな?」


 一瞬、黙り込むアルグランド。それはそうだ、魔法局と言っても魔法の実力はピンきり。そして、宮廷魔法師というのは、その中でも最高峰の実力を持つトップ集団なのだ。男爵の地位を利用して魔法局に入ったアルグランドとは正直なところ天と地ほどの差がある。


「貴様の答えはそれでいいんだな?」


「あぁ、後悔はないさ」


 この一連のやり取りのあと、アルグランドはしばし逡巡した。そしてアゴ髭を撫ぜ、ニヤリと口角を上げる。


「……いいだろう。アビスの情報は虚偽であった! この情報は宮廷魔法師、ジェイドがしたものだ! ジェイド、貴様には追って処分が下される。隣の英雄には、くれぐれも今後バカなことを言うなと釘を刺しておくんだな。お前ら帰るぞ」


 そう言い放ち、踵を返すアルグランドたち。最後に見せた目、まるでゴミを見るような目を俺は忘れないだろう。


「マレットさん、騒動に巻き込んですみません」


「いや、うちは大丈夫だが、ジェイドお前さん……」


「あぁ、大丈夫です。死にはしませんよ。まぁ間違いなくクビにはなりますけどね、ハハ。元々田舎の平民出だった俺は貴族派から疎まれていたんですよ。ここでアルクの首を刎ねるより、俺のクビを飛ばした方がいいと思ったんでしょう」


 俺は自嘲気味にマレットさんにそう言った。マレットさんは心配そうに俺を見つめるが、言葉が見つからないようだ。平民が貴族と対峙すればどうなるか、この王都では子供でも分かることだ。覆しようがない。


「さて、アルク。帰るぞ」


「ほいほーい」


 ぐだんぐだんになったアルクを担ぎ直し、酒場を出る。そして、入り口まで付き添ってくれ、最後まで心配そうに見送るマレットさんにお礼を言った。


「じゃ、マレットさんお世話になりました。本当にここの料理は美味しくて、居心地がとても良かったです。お元気で」


「ジェイド……、ま、また来とくれ! あたしはあんたの味方だからね!」


「ハハ、ありがとうございます。いつか、いつかまたここの料理を食べにきます」


 俺はそれが叶いそうにないなと予感しながら、それでもそうでありたいと願っていた。そしてマレットさんに背を向けると歩きはじめる。ふと肩を見ればアルクが暢気に涎を垂らして寝ている。とりあえずイラっとしたので頬をかなり強めにつねってやる。涙を流しながら痛いと訴えるが、命と交換なら安いものだろう。こうして俺はアルクを担いで自分の借りている家へと帰ったのであった。

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