第3話 再出発

 そして翌朝──。


「すまねぇ!! ジェイド本当にすまねぇ!!」


 記憶が混濁していたアルクに昨日のやり取りを説明する。そして聞き終わったところで土下座だ。だが、もう過ぎてしまったことはしょうがないし、俺自身の選択だ。別にアルクを責める気もない。


「いやいい。さっきも言ったが遅かれ早かれだ。田舎の平民出が宮廷魔法師に混ざっていることに貴族たちは我慢できないっていう話しさ。それに冷静に考えてみれば、あまりにもおかしい。あの時間にアルグランドがわざわざお前を捕まえに来るってこと自体が異常だよ。あれは、むしろ俺をこの状況に追いやるために来たんだろう」


「それでも、それでもお前が俺を見捨ててたら結果は違ったはずだ!」


「友人を見殺しにしてまで、宮廷魔法師という肩書きに興味はないよ」


「お前ってやつは……。こんな俺でもまだ友人って言ってくれるのか?」


「当たり前だ。散々魔法局の愚痴にも付き合ってもらったしな」


「ありがてぇ。ありがてぇよ」


 そこでアルクは遂に涙を零す。アルクとはこういうやつなのだ。酔っ払って調子のいい事を言うが、根は真面目で良いやつだ。だからこそ憎めないし、友人であり続けられた。


「でも、ジェイドお前これからどうするんだ?」


「そうだな、それを考えていたんだが一度田舎に帰るとするよ。王都は貴族の影響力が強いからな、まともな職にはつけないだろう」


「そうか……。いつ出るんだ?」


「そうだな、恐らく通達がすぐにでも──」


 と、そこまで言ったときドアがノックされた。現れたのは宮廷魔法師筆頭であるダーヴィッツさんであった。


「ダーヴィッツさん……。今回の件、本当にすみませんでした」


「謝るのは俺の方だ。ジェイドすまないな。お前を守りきれなかった」


「いえ、俺が宮廷魔法師であり続けられたのはダーヴィッツさんのお陰ですから、十分守っていただきました」


 そう、俺を宮廷魔法師に抜擢してくれたのは目の前のダーヴィッツさんだった。貴族が中心の魔法局。かなり無理をして置き続けてくれたことを知っている。ダーヴィッツさん自身も貴族であるが、かなり嫌がらせや嫌味を言われ続けたみたいだ。


「すみませんでしたっ!! 俺が俺があんな話しをしたからっ!!」


 気付けば、アルクが隣にきて土下座をしていた。


「君は確かに不用意ではあったが、これは仕組まれたことだったよ。ジェイド、お前の処分は宮廷魔法師の除籍と王都追放だ。まるで事前に用意されていたかのように迅速に私のところまで処分決定の通達が届いたよ。あぁ、事件の概要より先に、だ。恐らくこの件はアルグランドも使いっぱしりだろう。黒幕は──」


「いえ、ダーヴィッツさん、その先は大丈夫です。誰が黒幕でも興味ありません。俺は正直、この環境にうんざりしていたのも事実です。ほら、アルク顔上げろって。心残りはダーヴィッツさんのお手伝いをできなくなるのと、マレットさんの酒場に通えなくなることくらいですよ」


「あぁ、あの酒場か……。いつぞやお前と一緒に行ったな。実に楽しく居心地の良い酒場だった」


「えぇ、というわけでダーヴィッツさんこれを」


 俺は宮廷魔法師の証であるバッジをダーヴィッツさんに渡す。ダーヴィッツさんは苦々しい表情でそれを受け取ってくれた。


「次はどこへ?」


「パージ村──俺の故郷です」


「そうか、確か辺境伯は──」


「ベント伯ですね。あの方は選民意識のない方ですから、大丈夫でしょう」


「そうだな。ベント伯は非常に公明正大で義を重んじる方だ。まぁ、だからこそ辺境……なのだろうな」


「ふふ、ダーヴィッツさん王都の体制への不満は処罰の対象ですよ」


「そうだったな。まったく嫌気が差す。ジェイド、お前は片田舎で燻っている男じゃない。いつか必ず戻ってこい」


「ありがとうございます。えぇ、必ずまたお会いしましょう」


 最後にダーヴィッツさんと固く握手を交わし、見送る。


「さて、言ったそばから通達がきたな。……出るか」


 幸い荷物は多くない、リュック一つ分にまとめられた。俺が荷物をまとめている間、アルクは申し訳なさそうな顔で黙っていた。


「……見送るよ」


「あぁ、頼む」


 家から馬車乗り場までの道のりでは俺もアルクも言葉はなかった。ゆっくりと歩いたのに不思議とあっという間だった気がする。


「じゃあなアルク」


「おう、ジェイド元気で」


 短い挨拶を交わし、馬車へと乗り込む。タイミングが良かったようだ。大して待たずに出発の時間となる。他に乗客は一人。俺は、ゆったりとした車内で深く腰掛け、王都での様々な思い出を振り返る。


(と言ってもあまり思い出らしい思い出もないな)


 今思えば、ほとんど仕事か魔法の研究しかしておらず、まともに休んだ日など一日もない。恋人はいないし、友人と呼べるのはアルクくらいであった。実に灰色の王都生活だったなと自嘲気味に笑ってしまう。


「あぁ、すみません、なんでもないです」


 唯一の同乗客が訝しげな顔をしていた。それはそうだろう。一人で表情をコロコロ変えて、急に笑い出すのだから。そして最後に振り返る。それでもこの十六年間に悔いはないと自分に言い聞かせながら。


「出発しますねー。揺れますから気をつけて下さい。はいよー! って危ないよ、お兄さん!」


 馬車が動き出した。が、何やらトラブルのようだ。辺りをキョロキョロと見渡してみる。原因はすぐに分かった。というより知り合いであった。


「ジェイドッ!! 俺は今日から酒をやめるっ!! 次飲むときはお前と再会したときだ!! そんで俺はそんとき胸を張って英雄だって言えるように、本物になるからな!!」


 その知り合いはいい歳をしながら青臭いことを叫んでいた。


 だからと言うわけではないが、最後くらい俺も青臭いことを言いたくなった。


「あぁ、アルク楽しみにしてるぞ。その時に俺は宮廷魔法師なんかよりよっぽど良い人生を歩んでいると言えるよう努力しよう。また会おう、友よ」


 こうして俺は宮廷魔法師という肩書きを失い、十六年振りに故郷へと帰るのであった。

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